カリブ海に浮かぶ島で生まれたラム。そのラムをベースにした代表的カクテルの1つがダイキリである。透明なホワイト・ラムにライム果汁、砂糖を加えたものが一般的だが、このバーにはラムの違いを識ることができるダイキリが用意されている。
初めて「EST!」でダイキリを飲んだ数年前、マスターの渡辺昭男さんはこんな説明を添えてくれた。
「ダイキリっていうカクテルは、キューバにある鉱山の名前から付けられたんですよ」
19世紀末、カリブ海を舞台にした米西戦争でアメリカは勝利を収めることになる。独立まもないキューバは、サンチャゴ市にあったダイキリ鉱山を増強すべく、アメリカの鉱山技師に援助を依頼。派遣されてきた技師たちが、炎天下で労働の疲れを癒したのが地元特産のラムとライム、そして砂糖を合わせたもので、自然発生的にこのカクテルが生まれたという。
ごくスタンダードなダイキリを飲み終わる頃、マスターがにっこりとほほ笑みながら言う。
「うちにはゴールド、っていうダイキリもあるんですよ」
え?飲みたい!2杯目のダイキリを頼んだ。先ほどより少しダークな色合い。コクも増したよう。
「これは、少し色の付いたゴールド・ラムを使っているんです」
グラスの半分ほどまで飲んだとき、またマスターがにっこりと言う。「ほかに、ブラックとスペシャルというのもありましてね。オリジナルとでもいうんですかねぇ」。
まだあったの!?(先に言ってほしい!)
味わってみたい欲望に駆られながらもすでに相当いい気分になっていたため、一晩で4杯飲むことはかなわず。「EST!」のダイキリの全貌を知るために、再び足を運んだ。
念願の未知のラムを飲みに行く。スタンダードとゴールドは味わった。残るは2種である。
ブラックは、ダーク・ラムを用いたもので、砂糖ではなく蜂蜜で甘味をつける。黒い褐色で風味の強いラムに、コクの深い甘さがよく合う。スタンダードの軽やかさ、爽やかさに対して、濃厚な旨味、のようなものが広がっていく。
そして、スペシャル。こちらは、スタンダードに、アルコール度数75.5%という超ハイプルーフのラム“レモンハート デメララ”をバースプーンで2杯加える。「EST!」ではもうとっくに終売になってしまった希少なボトルを使っている。
なんだろう。アルコール度数が高くなっているはずなのに、スタンダードよりまろやかな感じがする。上白糖や蜂蜜も加えていないのに。
「高アルコールのラムで疑似的に甘さを感じるんですよ。通常、甘味というものは砂糖で付けますけどね。“大人の味”を出そう、とこれを始めたんですよ」
これら4種のダイキリを提供し始めたのはもう43年ほど前のこと。そこには、御年84歳になるマスター、渡辺昭男さんの「ラムそれぞれの持ち味を味わっていただきたい」という思いがある。現在のように情報がそう多くなく、誰もがたやすく海外産のスピリッツを手に入れられない時代、酒を伝えることはバーテンダーの使命でもあったのだ。
「一般的なラムは、色でいうとホワイト・ラム、ゴールド・ラム、ダーク・ラムがあります。樽で寝かせる時間の違いですね。風味は発酵や蒸留の違いでライト、ヘビー、その中間のミディアムの3タイプに分けられます。ラムと一括りにしてもいろんな種類がある。持ち味も違います。その違いをカクテルで出したかったんですね。
ダイキリを頼むお客様には、圧倒的にスタンダードが出ますが、うちのダイキリを知ってらっしゃる方にはスペシャルが一番人気ですね。味がまろやかでいてドライなんですよ。うちで使っている“レモンハート”というラムはとっくに終売になってしまったものですけどね。僕が買い貯めたり、お客様が持ってきてくださったものでなんとかまかなっています。
僕は、甘味付けには上白糖と蜂蜜をよく使います。シロップは薄くなりがちなのであまり使いません。純粋に甘さを付けたいときは上白糖。少しコクを出したい、ほのかな甘味に抑えたい、というときは蜂蜜を。味が伸びるのでホットカクテルにもいいですね。
ダイキリもどれがお薦め、ということもありません。お客様の好みですからね。春夏はさっぱりとしたスタンダードかスペシャル、秋冬はコクのあるブラック、なんていう選び方もよいのではないでしょうか」
――つづく。
文:沼由美子 写真:渡部健五