「EST!」のカクテルブック
"ダイキリ"はひとつじゃない|「EST!」のカクテルブック7杯目

"ダイキリ"はひとつじゃない|「EST!」のカクテルブック7杯目

カリブ海に浮かぶ島で生まれたラム。そのラムをベースにした代表的カクテルの1つがダイキリである。透明なホワイト・ラムにライム果汁、砂糖を加えたものが一般的だが、このバーにはラムの違いを識ることができるダイキリが用意されている。

スタンダード、スペシャル、ゴールド、ブラック!4種のダイキリがある。

初めて「EST!」でダイキリを飲んだ数年前、マスターの渡辺昭男さんはこんな説明を添えてくれた。
「ダイキリっていうカクテルは、キューバにある鉱山の名前から付けられたんですよ」
19世紀末、カリブ海を舞台にした米西戦争でアメリカは勝利を収めることになる。独立まもないキューバは、サンチャゴ市にあったダイキリ鉱山を増強すべく、アメリカの鉱山技師に援助を依頼。派遣されてきた技師たちが、炎天下で労働の疲れを癒したのが地元特産のラムとライム、そして砂糖を合わせたもので、自然発生的にこのカクテルが生まれたという。

スタンダード
ダイキリの“スタンダード”。ホワイト・ラム“ハバナクラブ 3年”を80ml、ライム果汁20ml、上白糖1gを氷とともにシェイカーに入れ、シェイクする。爽快な酸味、ほのかな甘味が広がる、さっぱりとした一杯。
ハバナクラブ
使う“ハバナクラブ”は、3年熟成させたキューバ産のホワイト・ラム。オーク樽で熟成したのちに濾過したもので、軽やかな甘さ、フレッシュな味わい。

ごくスタンダードなダイキリを飲み終わる頃、マスターがにっこりとほほ笑みながら言う。
「うちにはゴールド、っていうダイキリもあるんですよ」
え?飲みたい!2杯目のダイキリを頼んだ。先ほどより少しダークな色合い。コクも増したよう。
「これは、少し色の付いたゴールド・ラムを使っているんです」

ゴールド
ダイキリの“ゴールド”。ゴールド・ラム“バカルディ ゴールド”80ml、ライム果汁20ml、上白糖1gを氷とともにシェイカーに入れ、シェイクする。爽やかでいて、ほどよいコクが広がる。
バカルディ ゴールド
2~3年オーク樽熟成を経た原酒をブレンドした“バカルディ ゴールド”。心地よい深みと厚みのある味わい。

グラスの半分ほどまで飲んだとき、またマスターがにっこりと言う。「ほかに、ブラックとスペシャルというのもありましてね。オリジナルとでもいうんですかねぇ」。
まだあったの!?(先に言ってほしい!)
味わってみたい欲望に駆られながらもすでに相当いい気分になっていたため、一晩で4杯飲むことはかなわず。「EST!」のダイキリの全貌を知るために、再び足を運んだ。

「ラムのそれぞれの持ち味を出したかったんです」

念願の未知のラムを飲みに行く。スタンダードとゴールドは味わった。残るは2種である。
ブラックは、ダーク・ラムを用いたもので、砂糖ではなく蜂蜜で甘味をつける。黒い褐色で風味の強いラムに、コクの深い甘さがよく合う。スタンダードの軽やかさ、爽やかさに対して、濃厚な旨味、のようなものが広がっていく。

ブラック
ダイキリの“ブラック”。ダーク・ラム“キャプテンモルガン ブラック”80ml、ライム果汁20ml、蜂蜜バースプーン3分の1を氷とともにシェイカーに入れ、シェイクする。
キャプテンモルガン ブラック
内側を焦がした樽で3~5年熟成させた、プエルトリコ産のラム“キャプテンモルガン ブラック”。褐色の色味が表わすような、深いコクと甘味、特有の香ばしさを持つ。
ブラック
蜂蜜は、「ハゼの木」の蜜を使うことが多い。ショートカクテルながらじっくり飲みたくなるような深みがある。

そして、スペシャル。こちらは、スタンダードに、アルコール度数75.5%という超ハイプルーフのラム“レモンハート デメララ”をバースプーンで2杯加える。「EST!」ではもうとっくに終売になってしまった希少なボトルを使っている。
なんだろう。アルコール度数が高くなっているはずなのに、スタンダードよりまろやかな感じがする。上白糖や蜂蜜も加えていないのに。
「高アルコールのラムで疑似的に甘さを感じるんですよ。通常、甘味というものは砂糖で付けますけどね。“大人の味”を出そう、とこれを始めたんですよ」

スペシャル
“スタンダード”に疑似的な甘さを付ける、ダイキリの“スペシャル”。
氷を入れたシェイカーに、ライム果汁20mlを注ぐ。
氷を入れたシェイカーに、ライム果汁20mlを注ぐ。
続いて、ホワイト・ラム“ハバナクラブ 3年”80mlを注ぐ。
続いて、ホワイト・ラム“ハバナクラブ 3年”80mlを注ぐ。
アルコール度数75.5%のラム“レモンハート デメララ”を10ml注ぐ。
アルコール度数75.5%のラム“レモンハート デメララ”を10ml注ぐ。南アフリカのガイアナ共和国にあるデメララ蒸留所で蒸留した原酒を熟成したラムで、すでに終売しているボトル。
シェイクして、グラスに注ぐ。
シェイクして、グラスに注ぐ。
完成
濃い口の香ばしいフレーバーの“レモンハート デメララ”が入ることで、上白糖を入れずとも、疑似的に甘さが感じられる。後口はドライで、パンチのある一杯。

これら4種のダイキリを提供し始めたのはもう43年ほど前のこと。そこには、御年84歳になるマスター、渡辺昭男さんの「ラムそれぞれの持ち味を味わっていただきたい」という思いがある。現在のように情報がそう多くなく、誰もがたやすく海外産のスピリッツを手に入れられない時代、酒を伝えることはバーテンダーの使命でもあったのだ。

「一般的なラムは、色でいうとホワイト・ラム、ゴールド・ラム、ダーク・ラムがあります。樽で寝かせる時間の違いですね。風味は発酵や蒸留の違いでライト、ヘビー、その中間のミディアムの3タイプに分けられます。ラムと一括りにしてもいろんな種類がある。持ち味も違います。その違いをカクテルで出したかったんですね。
ダイキリを頼むお客様には、圧倒的にスタンダードが出ますが、うちのダイキリを知ってらっしゃる方にはスペシャルが一番人気ですね。味がまろやかでいてドライなんですよ。うちで使っている“レモンハート”というラムはとっくに終売になってしまったものですけどね。僕が買い貯めたり、お客様が持ってきてくださったものでなんとかまかなっています。
僕は、甘味付けには上白糖と蜂蜜をよく使います。シロップは薄くなりがちなのであまり使いません。純粋に甘さを付けたいときは上白糖。少しコクを出したい、ほのかな甘味に抑えたい、というときは蜂蜜を。味が伸びるのでホットカクテルにもいいですね。
ダイキリもどれがお薦め、ということもありません。お客様の好みですからね。春夏はさっぱりとしたスタンダードかスペシャル、秋冬はコクのあるブラック、なんていう選び方もよいのではないでしょうか」

4種のダイキリ
左から、スタンダード、スペシャル、ゴールド、ブラック。なかなか一度に飲み比べる機会はないが、シチュエーションと気分、季節によって飲み分けるのも通っぽい。

――つづく。

店舗情報店舗情報

EST!
  • 【住所】東京都文京区湯島345-3 小林ビル1階
  • 【電話番号】03-3831-0403
  • 【営業時間】18:00~24:00
  • 【定休日】日曜
  • 【アクセス】東京メトロ「湯島駅」より1分

文:沼由美子 写真:渡部健五

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沼 由美子(ライター・編集者)

横浜生まれ。バー巡りがライフワーク。とくに日本のバー文化の黎明期を支えてきた“おじいさんバーテンダー”にシビれる。醸造酒、蒸留酒も共に愛しており、フルーツブランデーに関しては東欧、フランス・アルザスの蒸留所を訪ねるほど惹かれている。最近は、まわれどまわれどその魅力が尽きることのない懐深き街、浅草を探訪する日々。