フルーツ牛乳を代表する1本「明治フルーツ」の製造が終了した。もう瓶入りを飲むことはできない。そもそも、昨今のフルーツ牛乳事情はどんなものなのか。駅に隣接する「ミルクスタンド」でフルーツ牛乳を追った。
2019年3月。瓶詰めのフルーツ牛乳が終売するという報せに、世間がちょっとざわついた。
製造を終了するのは、1958年から発売されていた「明治フルーツ」。すっきりとした果実味とマイルドな甘味、さわやかな酸味を感じる味わいで、銭湯における湯上りの一本として、定番のひとつだった人も多いはずだ。
東京の御徒町と秋葉原で「ミルクスタンド」を経営する大沢牛乳は、twitterで「明治フルーツ」の製造終了を発信した。
往年の名選手‼️
— 大沢牛乳 (@milkosawa) 2019年3月2日
明治フルーツが3月末で製造終了となりました。
長らくのご愛顧ありがとうございます❗️
ミルクスタンドでは、ありがとうセールを実施中です(=^ェ^=)
もう飲めなくなります(ToT)
この機会を飲み逃しのないようにm(__)m
皆様のご来店を心よりお待ちしております(^-^) pic.twitter.com/5sDfGcacNl
投稿に寄せられたいいね!の数は約5万4,000。リツイート数は約4万5,000。なんと、普段の3,000倍近くの反応があったという。製造終了のニュースは、多くの人の琴線に触れたのだ。
ツイート以降、「ミルクスタンド」ではフルーツ牛乳を求める人が、急増したという。
「ミルクスタンド御徒町店」は、JR御徒町駅の北改札を出てすぐ右手にある。駅を利用する人はもちろん、アメ横を抜けてきた観光客なども訪れる場所だった。
1日の利用客が平均800人の「ミルクスタンド御徒町店」では、牛乳の販売数は1日200本を超えるという。対して、フルーツ牛乳は70本程度だ。
終売の報道を受けて、「さよならセール」を開催。「明治フルーツ」を普段の130円から10円引きの120円で販売したところ、売り上げ本数が3倍に増えたそうだ。
「報道の直後なんて、1日で4,000本も売れたんだから!」
「ミルクスタンド」で牛乳を売り始めて3年の秋山シゲ子さんが、目にも止まらぬ速さで客の注文を捌きながら、話してくれた。
「これまではシロ牛乳、コーヒー、フルーツの順に人気だったんだけど、製造終了のニュースがあってからは、ダントツでフルーツ牛乳が売れるわね。もう飲めなくなっちゃうから2本、3本飲んでいく人もいるの」
なくなる寸前、急に恋しくなるのは、人の性。どうやらフルーツ牛乳の終売バブルが起きているようだ。
人の流れの中からスタンドの前にスッと角刈りのおじさんが現れた。
「フルーツ、120円」とだけ短く言うと、シゲ子さんは「ありがとうございます」と言いながら、後ろの冷蔵庫から瓶を取り出す。フィルムを下から剥がす流れでそのままキャップをポンっ!と抜き、瓶を差し出した。おじさんは小銭を置きながら瓶を受け取り口につけると、空中をにらんでグビグビグビー!
「ごちそうさん!」という声が聞こえたかと思うと、改札の中へと消えていった。
残されたのは、空になった牛乳瓶と、市原悦子にそっくりな笑顔を浮かべるシゲ子さん。客が訪れてから去るまで、なんと1分弱。
まるで、餅つきのこね手とつき手のような阿吽の動きだった。
その後も、背広姿のサラリーマン、休憩中の飲食店スタッフ、観光客、様々な人たちがフルーツ牛乳を注文していった。駅構内という立地なので、忙しなく牛乳を飲んでいく人がほとんどだ。
たまに、店舗の横にあるゴミ箱兼カウンターに肩肘をついて、駅に吸い込まれては吐き出される人の波を眺めて、じっくりと一杯やるおばあちゃんがいたりする。
驚きだったのは、フルーツ牛乳は意外にも外国人に人気があるということ。
海外では瓶詰めのシロ牛乳は割と流通しているようだが、黄色くカラフルなフルーツ牛乳は珍しくて、目を引くらしい。
「でもねぇ、今年の3月より前はフルーツ牛乳ってそんなに売れてなかったの」
シゲ子さんがしみじみと言った。
パック商品と違って、瓶詰めの商品は賞味期限が10日ほどと短め。牛乳、コーヒー牛乳に次いで3番手に甘んじていたフルーツ牛乳は、せっかく仕入れても、賞味期限内に売り切れなかったことがあったそうだ。
瓶詰め商品は回収や洗浄コストもかかる。宅配も少ない昨今、瓶入り牛乳の需要は多くなく、その中でフルーツ牛乳を製造するメーカーは減ってきていると、大沢牛乳の松本和則さんが教えてくれた。
――つづく。
文:河野大治朗 写真:馬場敬子