日々いろいろな店に食べに行くdancyu編集部員が、特に気に入った店や居心地がよくてこっそり通う店をご紹介します。
ピザが、私の一番古い外食の記憶だ。40年近く前、ピザがまだマイナーな食べ物だった頃。北海道の片田舎でピザ欲をたぎらせていた母は、札幌に行くと必ず、子供を連れていそいそとイタリア料理店に足を運んだものだった。その後、横浜、東京と移り住んだが、外食の定番はいつもピザ。
ところが10年ほど前、母の行きつけが閉店してしまった。舌が肥えたのか、近所のピッツェリアではもう満足できないと言う。「とびきりおいしいピザが食べたいの。少し遠くてもいいから一度、連れて行ってくれない?」。
そこでピザを食べ歩いていた同僚に相談したところ、太鼓判を押してくれたのが「ベッラ ナポリ」だった。
ここのマルゲリータはすごかった。甘くとろけるようなモッツァレラチーズが味の要なのに、ある意味、チーズを感じさせないのだ。生地にのせる白糠酪恵舎(しらぬからくけいしゃ)のモッツァレラは水分量がとても多いため、高温の薪窯で焼くとオリーブオイルとチーズの水分が乳化する。ミルクのような白い液体がトマトソースと溶け合い、何か一つが突出することのない、なめらかな一体感を醸し出す。しっかりと小麦の味がするしなやかな生地は、縁の部分だけ食べてもおいしい。まさに天下一品。
初めてこのマルゲリータを食べたとき、母の目が光った。「一度って言ったけど……一度じゃイヤ」。それは私も同じだった。
以降、母の誕生会は毎年、この店で開いている。弟家族とともにぞろぞろと10名ほどで訪れ、幼児から年寄りまでピザでお腹をパンパンにする。そして店の前で、年に一度の記念撮影。「歩けなくなって、あのピザが食べられなくなったらイヤだね……」と弱り始めた足をさする母。家族が同じ気持ちで胃袋を満たす幸せなひとときが、一年でも長く続きますように。誕生会からの帰り道、いつも祈るような気持ちで丸くなった母の背中を見送る。
dancyu編集部員がその店に通う理由があります。ぜひ本誌をご覧ください!
文:藤岡郷子 写真:鈴木泰介