シリーズ第2回目は、焙煎の話。とかく珈琲道になりがちなコーヒーの世界で、適度に距離をおくというか、独自のスタンスでコーヒーと向き合っている「ツバメコーヒー」の田中辰幸さんは、焙煎についての取り組み方も個性的。赤裸々に焙煎について語ります。
3年前に田中辰幸さんと会ったとき、彼は「焙煎まだまだです」と繰り返していた。謙遜ではないと言い添えて。ツバメコーヒーの豆を買って帰って、うちで挽いて淹れてみた私は、その言葉は味に当てはまるものではないなと確認できて、ほっとした。
ただ、田中さんは今でも自身の焙煎については太鼓判を押すことはしない。昨夏、焙煎機メーカー「富士珈機」の焙煎セミナーに参加したとのことで、ならば、それからなにか変わりましたか、と訊ねてみる。
講義は、これが正しいやりかただって教えるんじゃなくて、自分でずうっといろいろ試せて。DISCOVERY(ディスカバリー)という、250gの豆が焼ける小さな焙煎機が全員にあてがわれるんです。サンプルロースターとして使われたりとか、いま流行りの行ってすぐそこで焙煎してくれるようなカフェでも使われています。ダンパー、火力、豆を投入するときの温度、ほぼその3つで焙煎ってできていて。投入温度が低かったり火力が弱かったり豆が多かったりすれば、相対的に焙煎時間は長くなるわけですよね。
なるほど、そこは台所での煮炊きと同じだということだ。こないだ、蒸し鶏をつくろうとして、冷凍してあった鶏もも肉を出してきたまではよくて、ただ、解凍の手間を惜しんでかちこちに凍ったまま鍋に放り込んだばっかりに、中まで火を通すのにえらく時間を要してしまって大反省した、ということを思い出した。
みんなで誰かがやっているのを見るとかじゃなくて、全部を自分で試す。それで自分で飲ませて、自分で確かめさせるっていう、誠実な講義だったんですけどね。でも、じゃあそれでなにかわかりましたかっていうと、僕の中では実感がなくて。
焙煎は、これがベストだという確信が得られてないですし。常にベターだという気持ちはあるんだけど。ましになったような気がするという、ほんとに緩やかに上っている感じで。上っているという事実と、いまいる位置が高いかどうかは別の話じゃないですか。ただ、ずうっと上昇してれば高い位置に行けるわけではなくて、だから……あー。
煩悶。
田中さんと、コーヒーの話に深入りしていこうとするとき、決まって一度は発されるうめき声。
焙煎をはじめた初期は、酸味ってものに対する意識はいまよりも高かったです。Fuglen(フグレン)が入ってきたときに、北欧のやつはこんなに浅いの飲んでるんだとか、かっこいいなとは当然思ったんですよね。でも、そっからだんだん僕、離れていったんです。正直言うと、できなかったんです。
ちなみに、Fuglen(フグレン)とは、サードウェーブとは何ぞやと語るとき、その先駆者として登場するコーヒーショップである。ノルウェーはオスロにて1963年に創業、日本では2012年に「フグレン トーキョー」がオープンした。母国の外に出来た直営店はここがはじめて。極浅煎りの豆をエアロプレスで抽出するというスタイルを広めたことでも知られる。
深いか浅いかと言われれば、いつもどこでも深煎りを選ぶ私としては、ツバメコーヒーでもやはり深煎りの「イヌワシブレンド」の豆を愛好していたこともあり、田中さんに浅煎りについての話を聞くのははじめてだったし、その葛藤も、意外なものだった。
熱風式の焙煎機だったら、最初から熱風がくるので、ふわあってきれいに焼くってことが得意なんですよ。それはセミナーとかで確認したんです。こっちは半熱風で、どうやっても、鉄板を通じて熱を伝えていくから。でもね、半熱風でそれに近いものが絶対的にできないかというと、そんなことはないんですよ。それじゃ、なぜ諦めたのかっていえば、自分が思ったように、すごく浅くて、嫌な味を消しながら適切なフレーバーを引き出すっていうイメージに至れなかった、できなかったというのがひとつ。どうしてもこれをつくるんだって追求する、職人的な没入力が僕には不足していたというのもある。
あと、言い訳を半分含んだものとして、フレーバーが感じられて、強くおいしいと思う感情の裏には飽きるっていう概念があるし、新鮮なものは古びるし、時間的な概念を取り込まざるを得ない。だったらいつ飲んでもなんてことない、おいしくもないしまずくもない。けれども、日々飽きずに飲める味、そしてシングルオリジンじゃなくてブレンドにいくか、みたいな。
できなかったというところから、逃げた。僕はサードウェイブにおける敗者ですね。飽きない味こそいい、みたいなところを持ち出すことで、なんとか自己正当化していた自分の駄目さを忘れるわけにはいかないですね。できなかったんです、僕は。
「サードウェイブにおける敗者」。なんだか、スポーツドキュメンタリーのタイトルみたいにも聞こえる。ノートにメモしたその言葉を、私はぐるっと丸で囲い、その脇に「!」を3つ付けた。ツバメコーヒーがオープンした頃にあった、猫も杓子もサードウェイブ、という風潮に、田中さんはあえてのらなかったのかと思っていたこともあり。
僕、ラテアートとか、すごく嫌いなんです。ラテアートのポップさとキャッチーさに……嫉妬しているのかなあ。ああいう風にわかりやすい人間になれなかったことを。
3話につづく。