たった一度、店の前を通りかかっただけなのに、ずっと気になっていた店がある。いつかは行きたい、あの店で食べたいと切望していたのだが、ようやくその思いが成就するときがきた! 天晴れな秋晴れの下、夢に見た「おはる」を目指して、ペダルを踏んだ。
なぜ自転車で、なぜ麺なのか?
それは後述することにして、まずは第1回目の目的地を紹介しよう。
ズバリ、↑ の写真がそれだ。
一軒だけ昭和30年代で止まっている!さながら“ひとり横浜ラー博”だ(わかる人にはわかる)。
2年前、たまたま自転車で東京駅の東、永代橋の近くを走っているときに、この店を見かけたのだ。思わず急ブレーキをかけ、店の準備をしていた主人に話しかけてみると、50年以上ここで営業しているという。開店までまだ時間がかかりそうだったので、上の写真だけ撮って走り去ったのだが、その存在が頭から離れなかった。
凝りに凝った最先端のラーメンもいいが、昔ながらの中華そばが好きだ。旅先で食べるなら、地元で愛されている古い店がいい。味と一緒に旅情もじんわり沁み入ってきて、ときに忘れられない一杯になる。
11月のある朝ふと、この店「おはる」が頭をよぎり、行ってみようか、と思った。今日は気持ちのいい秋晴れだし、仕事もひと段落ついたし……。
こうして東京の阿佐ヶ谷の自宅を出発したのだった。
今はスマホをナビ代わりに自転車に取り付けて走るサイクリストが多いが、僕はスマホを持っていないから紙の地図を使う。走りながらでも見えるように、ハンドルの前のバッグにクリップでとめるのだが、東京の道路はまさに網の目、地図など細かすぎて走りながらだと全然読めない。だからテキトーに永代橋の方角、つまり東へ、朝日に向かってほとんど当てずっぽうにシャコシャコ漕いでいく。街路樹が流れ、秋の空気がつんと鼻を突く。
そうして約10分後、隣町の高円寺に入ったところで、お寺の参道が現れ、その入口には「高円寺」と刻まれた石柱が立っていた。
「えっ、寺があったの!?」
単なる地名だと思っていた! 隣の阿佐ヶ谷に住んでもう13年になるのに……。
ちなみにこの旅のあと、阿佐ヶ谷で生まれ育った友人に聞いてみると、彼も「えっ!?」と驚いていた。高円寺の隣に30年以上住んでいて知らなかったらしい。ついでに、吉祥寺にも大阪の天王寺にもその名の寺はない。
もとい。参道に入っていくと、山門が現れ、巨大な岩の “寺標”が立っていた。高円寺の町にデカデカと「高円寺」と刻まれている。犬小屋に大きく「犬」と書かれてあるみたいで、ぷっと笑いそうになった。
案内板を読むと、三代将軍の徳川家光が狩りの際によく立ち寄った古刹とのこと。
境内に入ると、寺は小さかったが、庭は立派で、銀杏の大木があった。葉が色づいたらどんなに見事だろう。
鳥居がおもしろい。2本の柱に2匹の龍が巻き付いている。仕事がら日本中を旅しているが、こんな鳥居は見たことがない。
破風や軒の透かし彫りも圧巻だった。雲が渦を巻き、天女や獅子が舞っている。なんて立体的で緻密なんだ。新潟で石川雲蝶の作品を見たときは全身に電気が走ったが、引けを取らないんじゃないだろうか。天女の微笑の愛らしいこと。いやあ素晴らしい。と時計を見ると、この寺に来てもう30分もたっていた。
「ア、アホか!まだ隣町や!」
慌てて出発する。まだ3キロも進んでいないのに何やってんだ!?
自転車で旅する理由はここなのだ。どこにでも自在に行け、すぐに止まることができる。必定、自由で、発見の多い旅になる。まさに宝探しの旅だ。くわえて腹が減るから格段にメシが旨くなる。おまけにカロリーを燃やせるから気兼ねなく大食できる。美食探訪にこれほどおあつらえ向きの交通手段もないのだ。
それからも散々道草を食って“宝”を発見していった。きりがないので写真でたどろう。
こうして阿佐ヶ谷から距離にして約17キロ、走るだけなら1時間で済むところを2時間半ぐらいかかって永代橋に到着。
スカイツリーを見ながら隅田川を渡ったところで、
「あった!」
相変わらず一軒だけ異様な空気を出していて、風景にまったくなじんでいない。
「あれ?」
何か、おかしい。枯れ具合が以前と違うような……。
店に近づいていくと、ますます不安が募ってきた。昼なのに暖簾も出ていないのだ。
「まさか……」
はす向かいの家の車庫に怖そうなおじさんがいた。車をいじっている。
恐る恐るそこに近づき、聞いてみると、
「この店かい?閉めたみたいだね」
「いつ頃ですか?」
「3ヶ月ぐらい前かな」
「ハハ……」
というわけで、1回目から幸先のいい出だしとなりました。おしまい。
って、これじゃ終われねえ!
それに2時間半も自転車を漕いで腹が減ってフラフラなのだ。ほかにいい店なかったっけ?
あっ、そうだ、あそこだ!
――つづく。