軽井沢町にある「ラ・カーサ・ディ・テツオ オオタ」は、年間営業日数40日という幻のレストラン。店主はアマゾン料理人とも呼ばれる太田哲雄さん。祭でしか食べることのできない豚バラローストのブルスケッタや、予約殺到のアマゾンカカオ菓子が登場します!
19歳で日本を飛び出し、イタリア、スペイン、ペルーの3ヶ国で通算10年以上にわたる料理経験を積んだ太田哲雄さん。イタリアではセレブマダムのお抱えシェフを務め、スペインでは伝説のレストラン「エル・ブジ」の厨房に立ち、ペルーでは国民的トップシェフのアクリオ・ガストン氏に弟子入りし、未知の食材を求めてアマゾンの奥地へも分け入り、と冒険譚に事欠かない。
さらに、アマゾンのジャングルで原種のカカオと運命的な出会いを果たし、2015年の帰国後は、アマゾンカカオの買付・輸入・販路開発を含めた普及活動に邁進。“アマゾン料理人”の異名も取るようになった太田さん。
今回のdancyu祭では、そんな“太田イズム”を映すメニューが多数登場する。
まずは、“豚バラローストのブルスケッタ with SOMEWHERE BAKERY”。信州豚のバラ塊肉を藁で巻いて鍋に詰め、オーブンでじっくり蒸し焼きにしたローストポークを、SNSでも話題のSOMEWHERE BAKERYの天然酵母パンにたっぷりON。塩のみのシンプルな味付けと思わせて、実は下味のスパイスに秘策あり。自社輸入のカカオ豆から加工したカカオマス、カカオニブ入りのスパイスミックス“アマゾンカカオデュカ”を肉にまぶしているのだ。調合は、スパイスの魔術師、シャンカール・ノグチさん。
仕上げのソースはアンチョビ、ケイパー、ツナのオイル漬け、ヘーゼルナッツをトマトピュレで煮込んだイタリアン風味。まさに、多国籍の点と点がモザイクのように組み合わさり、つながれていく口中調味が楽しめる。
ブルスケッタと一緒に味わいたいのが、名前の響きからそそられる「アマゾンカカオジンジャーエール」。カカオ周りの果肉と薄皮を煮出し、信州産の唐辛子を含むミックススパイスで香りづけした原液を、爽快な炭酸割りに。クリオロ種カカオのフルーティーな香りと甘味、ほのかにスパイシーな刺激がクセになる。
海外での修業から心機一転、生まれ育った長野県に拠点を移し、2019年に軽井沢にオープンした自身のレストランが「ラ・カーサ・ディ・テツオオオタ」である。
そのテーブルで供される料理には、山菜やキノコ、川魚、蕎麦、平飼いの鶏や卵など、地元北信の山の幸がふんだんに使われる。
「山育ちの自分のアイデンティティにつながる食材ですからね。積極的に使いたいし、料理を通じた地域貢献につながればという思いもあります」と太田さん。
その北信の食材“凍み大根”を使った“凍み大根のスープ”は、まず食材そのものが新鮮な驚きを呼ぶ。“凍み大根”は雪国の伝統的な保存食で、秋採れの大根を雪下に埋め、甘味を増したところで冬の寒風にさらし、カラカラになるまで干したもの。
「干し方にもコツがあり、地域ごとの気候や経験によって出来上がりが違う。北信の限界集落、小川村の農家でつくる凍み大根は抜群。あまりのおいしさに、無謀にも一村分を買い占めてしまいました(笑)」
dancyu祭が初披露となるスープは、具材の凍み大根の旨味がだし代わり。にんじん、じゃがいも、ロマネスコなどの西洋野菜とともに煮込み、信州の郷土調味料“味噌だまり”で調味。これも信州産の蕎麦粉でとろみをつけ、洋風のシチューにはない懐かしさと新しさに仕立てている。
テイクアウトメニューの焼き菓子も、実に個性豊か。2種類の蕎麦粉をブレンドした粉でざっくりと焼き上げ、小諸の苺とアマゾンカカオのチョコレートガナッシュを挟んだラングドシャ。信州産無農薬レモンの皮、平飼い卵の卵白、ピスタチオやカカオ豆のクランチ、ヘーゼルナッツを練り込んだメレンゲ。アマゾンカカオでコーティングした新作のポップコーン。どれも、太田さんのバックグラウンドあっての着想、素材選びが光るハイブリッドスイーツだ。
軽井沢のレストランのコースメニューでは、さらに里山の恵みを生かした天然食材が主役級の存在感を放つ。というより、“天然食材ありき”のメニュー構成というほうが正しい。
「でも、オール信州に徹しようみたいな気負いは、始めからなくて。食材は一つの点として捉え、自由に、実験的に組み合わせながら、形にしていくのが自分のスタイル。『エル・ブジ』で教わった料理観でもあります」と太田さん。
春はツクシに始まる山菜や、渓流に自生するワサビやクレソンなどの野草。秋はとりどりの色、香り、味わいをもつ天然のキノコ。どれも太田さん自身が山に入り、探して採ってきたものであることが基本。
お客を迎える前のまる2日間を使い、八方を歩いて食材を採り集める。ちなみに、水は季節にかかわらず、毎日往復80分かけて小諸の湧き水を汲みにいく。
「農家の作物も素晴らしいけれど、自分は足を使って採ってきたもの、特に強い生命力を感じる天然の食材を料理し、もてなすことに意義を感じる。アマゾンのカカオと一緒です」と話す太田さん。
「子供の頃は山が遊び場だったから、いつどこに行けば何が生えているのか、感覚的にわかる。山が枯渇しないように、いっぺんに採りすぎず、次の年のために間引く大切さも。だから、採るものがなくなる夏場や、雪のある冬から春先まで、レストランは開けません」
つまり、営業期間は5,6,9,10月の4ヶ月のみ。初年度の営業は1年で12日、昨年は少し増えたといっても40日の少なさだった。5時間に及ぶコースに迎えられるゲスト数は6名が限度とあって、予約リストは既に2026年まで埋まっている。嘆くファンは少なくないが、一方で朗報も。今年6月、レストランの隣にある民家を改装し、新しい食堂がオープンする予定だという。こちらは通年営業、予約なしでふらりと行け、気取らない定食スタイルのメニューが中心。凍み大根も、さまざまな料理に形を変えて紹介されていくことになりそうだ。
「ガストロノミーで世界は変えられない。矛盾しているようですけれど、自分はそう思っていて。ファミレスに行く価格帯の料理で提案しなければ、伝えたいことは広がらないし、世界も変わっていきません。レストラン営業のない間、ひたすらお菓子作りに徹するのも、そうした考えがあってのこと。お客さんをレストランに迎え入れていなくても、『ラ・カーサ・ディ・テツオオオタ』は年中無休なんです」
大らかに開け放たれた“太田ワールド”のダイナミズムを、dancyu祭でもぜひ実感してほしい。
※当日は内容や盛り付けが変更になる場合もあります。
文:堀越典子 撮影:伊藤菜々子