東京・永福町にある「パニフィーチョ ヴィヴィアーニ」は、イタリアパン専門のパン屋だ。仕掛けるのは神泉の人気イタリアン「オルランド」の小串貴昌シェフ。祭では、巷で流行り始めているイタリアの国民的な朝食パン“ボンボローニ”や、クラシックなイタリア菓子を販売します!
イタリア人のおしゃべりを聞いているような、リズミカルな響きが楽しい「パニフィーチョヴィヴィアーニ」。神泉の人気イタリアン「オルランド」のオーナーシェフ、小串貴昌さんが2021年9月にオープンしたイタリアパンと焼き菓子の店である。
レストランで提供する自家製パンのおいしさには既に定評があったが、あえてパンの専門店を旗上げしたのは「文化の底上げのためです!」と小串さん。
「イタリアの食事って、そもそもパンなしに成立しないんですよ。だから、どんなに小さな町や村にもパニフィーチョ(パン屋)があって、食卓用のシンプルなパンを焼いて売っている。日本はリストランテとかピッツェリアとかバールとか、イタリア料理を出す店は多いのに、イタリアのいわゆるテーブルパンが買える店が、ほぼほぼないですよね。これだけパンが重要な食文化なのに、誰でも知っているのはフォカッチャくらい。おかしくない? と、ずっと思っていました」
dancyu祭会場では、食事パンとはジャンルが違えど、イタリアらしいオールドファッションな魅力が詰まった“ドルチェ”がスタンバイ。注目度NO.1は、百貨店の催事で人気に火がつき、小串さんが「もはや当店のシグネチャー」という「ボンボローニ」だ。コロンと丸い揚げパンに、レモンクリームやチョコクリームを詰め、砂糖でコーティング。
「パン屋よりもバールにあって、朝食に好んで食べられるイメージですね。店先に“できたてのボンボローネあります!”の貼り紙が出て、それを楽しみに人が通ってくるような。イタリア人にとっては、マリトッツォより100倍有名なおやつパンです(笑)」
ドーナッツ生地にかぶりつくと、ぽってりととろみのあるクリームが口いっぱいに広がる。レモンの風味もチョコレートの濃厚なコクも、惜しみなく、たっぷり。愛嬌のある見た目に反して、量感、香りとも意外にグラマラスな印象だ。
焼き菓子部門では、クリスマスケーキとしておなじみの「パネットーネ」が登場。ここにも、イタリアの人が大好きなレモン、オレンジなど柑橘系のピールがみっちり。「今時のエアリーなふわふわ生地ではなく、ほどよく目が詰まって、どっしり感もある北部のクラシカルなレシピ」を再現している。そのほか、郷土色あふれるクッキーのアソートセットや、しっとりと生地が美味しいドルチェアッルオリオ(オリーブケーキ)も販売予定。
さて、再び“パニフィーチョ=パン屋”に話を戻そう。
「パニフィーチョ・ヴィヴィアーニ」の売場は、茶色が支配する。木目調の落ち着いた内装も、そこに並ぶパンも。彩りのある総菜パンは、具材を選んでつくってもらうパニーニを除けば、ほんの2~3種類。基本形のパーネ・トスカーナ、全粒粉のインテグラル、食パン型のインカセッタほか、生地にドライフルーツやナッツ、ポルチーニパウダーなどを混ぜ込むバリエーションも含め、全体の半数以上をテーブルブレッドが占める。
「イタリアでは、パンは単体で食べる用ではなく、料理の側にあるべきもの。粉の存在感がはっきりとあって、バターよりオリーブオイルと合わせて食べたくなる味わいというのが、特徴としてあると思う」と小串さん。
厨房を仕切るのは、パン好きが聖地と仰ぐ名店「シニフィアン・シニフィエ」出身のパン職人であり、小串さんが絶対の信頼を寄せる相棒でもある布施優希さん。「オルランド」で提供するパンも、現在は布施さんが担当。シェフの料理に添う香り、食感、味わいについて細かいセッションを重ねながら、粉の配合、発酵時間などのレシピを決めているという。
「シニフィアン・シニフィエ」といえば、低温長時間発酵の生みの親であり、オーバーナイト法や高加水パンを広めた革新的なブーランジェリーとして知られるが、イタリアの粉を使うのは布施さんにとって初めての経験だったという。
「使い慣れた国産小麦では、イタリアっぽい香り、“ざくっ”とした歯切れよさみたいな特徴は出しにくい。高加水のチャバッタをセモリナ粉100%でつくったり、シチリアの古代小麦をフォカッチャに使ったり。慣れないうちは加減がわからなくて戸惑いましたが、研究のしがいがあります」と、にっこり。
「でも、“どっぷりイタリア”のパンが欲しいかといえば、そうではないんです」と小串さんが言葉をつなぐ。曰く、イタリアの伝統的なパンといえば、昔は量り売りで売られていたような、よくいえば素朴、悪くいえばラフで素っ気ないタイプ。粉や水の分量も大雑把で、2日目にはカチカチに硬くなってしまう。
「だから、パンツァネッラみたいな節約料理が生まれた良さもあるんですけれども。2000年頃から自国以外の食べものに関心を向けるイタリア人が増えて、パン事情もガラッと変わりました。フランスみたいに種類を多く、食感や香り、食べやすさを意識したパンを焼く店が増えて、テーブルパン全般のレベルもはっきりと上がっています」
小串さんが「パニフィーチョ ヴィヴィアーニ」で表現したいのは、そんなリアルとクラシックの中間をいく“イタリアの今”だという。
「現在は店舗営業だけですが、今後はレストランにも提案していきたい。ここから、イタリアパンを発信していきます。本気ですよ!」
※当日は内容や盛り付けが変更になる場合もあります。
文:堀越典子 撮影:伊藤菜々子