
伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんに習う干物づくり。第34回は、釣り師や魚のプロが「シマアジをも凌ぐ」と絶賛する稀少な高級魚、カイワリです。 平べったく愛らしい姿に強い旨みと上質な脂を蓄えています。純米酒「志太泉」とのペアリングでは意外な「仲良しカップル」が誕生。魚のポテンシャルを凝縮して引き出す、干物づくりの真骨頂をお届けします。
「釣れると嬉しい魚です。とにかく味がいいので」
都内の高級店に釣果を卸すほどの凄腕釣り師であるカメラマンの牧田さんが絶賛する魚が、カイワリ。アジ科の高級魚といえばシマアジが思い浮かぶけれど、カイワリはそれを上回る味わいなのだ。どの魚関連本でも「最上級」「極上」といった評価を受けている。
「地元の港にも少量しか揚がりません。年間を通じて旨い魚ですが、特にいいのは3月と4月です」
我らが干物師匠の内田さんは、相模湾・駿河湾沿岸の定置網漁で獲れる魚を仕入れを通じて知っている。その中でもカイワリは大きな群れをつくらず、しかも小型の魚なので希少価値があるようだ。控えめなスタッフの鈴木さんも珍しく会話に参加してくれた。
「僕の父は伯父のボートでよくカイワリを狙って釣りに行っていました。ポイントはここからすぐそこに見える場所です。塩焼きが旨いですよね。僕は船酔いがひどいので釣りには行けませんけど……」
伊東で生まれ育ち、島源商店で長く働いて様々な魚に接している鈴木さん。彼にとってもカイワリは特別な魚なのだ。

刺身でも酢締めでも塩焼きでも美味しい魚、カイワリ。左右対称の尾びれを特徴とする丸っこい魚体は美しくて可愛らしい。鈴木さんによれば、ブリッとしっかりした身質なのでさばくのも簡単。「注意点は特にありません」とのこと。カイワリはいろんな意味でありがたい魚なのだ。
平べったいのでこのまま丸干しにしても良さそうだが、頭を残した背開きである「小田原開き」で見栄えよく仕上げることにしよう。
魚を縦に置き、背びれの少し上に包丁を入れ、首(頭のつけ根)の後ろから尾まで切り目を入れる。中骨の上に刃先が当たるようにして尾まで引いていく。

手で広げながら背骨の向こう側まで切り込む。このときも、中骨の上に刃先が当たることを意識する。背骨を越えたら包丁の角度をつけて、腹骨も断ち切ると内臓を出しやすくなる。


尾の先までちゃんと包丁が入っていないとキレイに開かない。そのときはもう一度包丁を入れ直す。

包丁を置き、えらぶたに手を入れて、えらの根元を手でちぎって前に引くと内臓ごと除去できる。魚は横に置いたほうが作業しやすい。

使い古しのハブラシを使って、真水を入れたボウルで血と内臓を取り除く。


高級魚のカイワリと慎重に向き合う僕を鈴木さんが見守ってくれています。少しは上達したところを見せたい!
カイワリは意外なほど脂が多い魚だ。さばいていると包丁や手が脂ですべすべになる。だから、解凍ものであっても塩は入りにくい。カイワリは前々回のエボダイと平べったい形は似ているけれど、脂の量が異なる。エボダイは「塩分濃度8%の塩水に8分間浸水」だったが、カイワリは12分間と鈴木さんが即断。さばきながら鮮度や脂を感じ取り、浸水時間を決めているのだろう。僕もそんなレベルを目指したいな。
浸水を終えたら真水でさっと洗って干す。この日は島源商店の屋上に行くと、真っすぐ立っていられないぐらいの強風だった。魚が飛ばされてしまわないように、干し網の間に魚を入れて、風が直撃しない場所に平行に設置。2時間ほどで干し上がった。


魚は焼いたときの煙の量でも脂の多少がわかる。カイワリは煙がどんどん出てきた。表面が少し焦げてもいいので、両面をしっかり焼こう。

熱々のを箸でほぐしてパクリ。最初はおとなしく淡白に感じたが、ジワジワと旨味が口の中に広がっていく。ほどよい脂の甘味も加わり、バランスがいい。さすが高級魚だ。
「お酒と合わせるとより美味しくなりそうな干物ですね~」
日本酒好きの担当編集者・藤岡さんの声を待つまでもなく、エボダイとも合わせた純米酒「志太泉」をコップに注いだ。
「お酒と干物の両方の旨味が膨らんでまとまっている!」
藤岡さんは興奮気味。確かにこれは絶妙の相性だ。
エボダイのときは「ツッパリ同士が初対面で激しくぶつかってからやがて認め合っている」と表現したが、カイワリは全く違う。旨みもキレもある志太泉とぶつからず、上手に受け止めて高め合っていると感じた。例えるなら、ツッパリと黒髪の学級委員の仲良しカップルだ。それだけカイワリという魚のポテンシャルは高い、ということだろう。
旨い魚の味をさらに凝縮させるのが干物の真骨頂だ。その傍らには良い酒があってほしい。



1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。
文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎