刺身より旨い干物をつくる!〜「島源商店」干物修業体験記〜
【脂がバターのように甘い!】高級魚クロムツの干物は、とろけるような上品な味わいで白飯が止まらない

【脂がバターのように甘い!】高級魚クロムツの干物は、とろけるような上品な味わいで白飯が止まらない

伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんに教わる干物づくり。今回の主役は、ギョロッとした大きな目と鋭い歯を持つ「クロムツ」です。見た目は少し強面だけど脂たっぷりで人気急上昇中。深海に棲む大きな成魚は高価ですが、沿岸の定置網にも入る幼魚ならば手軽な値段だったりします。焼けばモクモクと煙が立ち上がり、脂の多さを実感。一口食べれば白米が止まらなくなるクロムツ干物をつくろう!

「白身のトロ」と言いたい“脂のり”。お手頃価格の幼魚を干物で味わおう

愛知県内で唯一の深海魚漁の基地がある蒲郡市。この街に住み始めてから知った高級魚にクロムツがある。その名の通り、黒っぽい体。鋭い歯が並ぶ口。目はギョロッと大きい。ちょっと怖い見た目だけど脂がのっていて、皮を炙った刺身がとにかく旨い。まるで“白身のトロ”を食べているようだ。
成魚は200メートル以深の深海に多く生息する魚だが、幼魚は沿岸の定置網でも獲れるらしい。相模湾を臨む伊東でもポピュラー。我らが干物師匠の内田清隆さんは「クロムツのメインの漁場は(伊豆半島の西側にある)駿河湾です」と解説しつつ、干物は「そのときにたくさん獲れていて、時季にも合った魚でつくるもの」だと教えてくれた。
「クロムツは一年中獲れますが、美味しいのはやっぱり冬。夏場は味が落ちます。夏に食べたいのは例えばスズキの切り身ですよね。たくさん獲れるので価格も安くなります」

魚

1キロ以上の成魚だと高値になるクロムツだが、小さなものはお手頃価格。今回も内田さんがアジぐらいのサイズのクロムツを冷凍保存しておいてくれた。教えてくれるのはスタッフの鈴木さんだ。クロムツの開き方は頭を割らない背開きである「小田原開き」。開きの定番である腹開きでもなければ頭を割る背開きでもないのはなぜだろう。

「作業のしやすさと見栄えを考えて開き方を決めています」頭は割るほうが乾きムラが少なくなるが、冷凍のクロムツは腹が柔らかいので腹開きでは腹の皮を破いてしまう恐れがある。また、クロムツは歯が鋭いので頭を割ると手や包装紙を傷つける危険性が高まる。さらに、頭を割らない分だけ手間が一つ減って作業効率が向上する。というわけでクロムツは小田原開きに決定したのだ。

あえて頭を割らない「小田原開き」。美しさと効率を両立するプロの選択

「見栄えを気にしないのであれば、頭は切り落としたほうが格段に開きやすくなります。特に冬の作業は辛いですよ。寒さで手が痛くなります」

生産者の本音をこぼす鈴木さん。干物好きの消費者である僕は見栄え抜きでも頭付きが嬉しい。目の周りや頬肉をチマチマとほじって食べたいからだ。

ちなみに鈴木さんが好きな魚はアジ。理由は形が素直で身はしっかりしているので開きやすいから。そして、苦手な魚もアジだ。

「小アジを大量にさばくことがあるからです。小さいので腹が破けやすいので困ります」

今回のクロムツはそれほど小さくない。でも、せっかくなら見栄えよくつくりたいので腹を包丁で傷つけないように注意しよう。

1首から尾まで切り目を入れる

魚を縦に置き、背びれの少し上に包丁を入れ、首(頭のつけ根)の後ろから尾まで切り目を入れる。中骨の上に刃先が当たるようにして尾まで引いていく。

首から尾まで切り目を入れる

2さらに深く包丁を入れる

手で広げながら背骨の向こう側まで切り込む。このときも、中骨の上に刃先が当たることを意識する。腹の皮まで切ってしまわないように注意。

さらに深く包丁を入れる

3手と包丁で身を押し開く

尾の先までちゃんと包丁が入っていないとキレイに開かない。そのときはもう一度包丁を入れ直す。頭を割るプロセスがないので、普通の背開きより簡単だ。

手と包丁で身を押し開く
手と包丁で身を押し開く

4えらごと内臓をかき出す

包丁を置き、魚を横に置く。えらぶたに手を入れて、えらの根元を手でちぎって前に引くと内臓ごと除去できる。魚は横に置いたほうが作業しやすい。

5水で洗う

使い古しのハブラシを使って、真水を入れたボウルで血と内臓を取り除く。血合いの部分は特に念入りに。

水で洗う

「エボダイの5倍」の煙が旨さの証。バターのように甘い脂に、箸が止まらない

クロムツは小さくても脂が多い魚だ。つまり、塩が入りにくい。鈴木さんは迷いなく「塩分濃度8%の塩水に18分間浸ける」と決定。前回のエボダイは同じ濃度で8分間だったのにクロムツは倍以上の時間をかける必要があるのだ。
浸水を終えたら真水でさっと洗って干すだけ。干し加減は好みによるが、身を指で押してもベトベトせず、表面に指紋がつく程度の弾力で干し終えるのが島源商店流。カリカリになるまでは水分を飛ばさず、生っぽく上品に仕上がる。

干物
干物

網で焼くと、いい匂いの煙がたくさん出てくる。煙の量はエボダイの5倍ぐらいはあるだろう。旬のサンマ並み。クロムツの脂の多さを目の当たりにした。

網で焼くと、いい匂いの煙がたくさん出てくる。煙の量はエボダイの5倍ぐらいはあるだろう。旬のサンマ並み。クロムツの脂が多さを目の当たりにした。

焼きたてを口に入れると、バターのような甘味。クロムツの脂がもつ、とろけるような上品な味わいを再認識した。
「お酒と合わせるよりも、白いご飯を食べたくなる味ですね」
魚も酒も大好きなカメラマンの牧田さんがつぶやいた。18分の浸水でも塩は甘めにしか入らないのでおかずに向いているのかもしれない。
酒肴にしたい場合は浸水時間を長くして、よりカリカリに干してもいい。自分でつくるのだから、好みや目的によって味と食感を自由に変えられる。やっぱり干物づくりは面白い。

干物
大宮冬洋の干物日記
漁師との交流も盛り込んだ書籍、『蒲郡偏愛もの語り』を出版します!
○月△日

当り前のことだけど、食材がなければ干物はできない。温暖化などの影響で地魚が少なくなると、それでも漁に出てくれる漁師への感謝と尊敬の念が深まる。三河湾のほとりに住んでいる僕は近所の漁師から「セイゴ(スズキの稚魚)がたくさんあるけれど、いるか?」などと声をかけてもらったら、締め切り前の原稿を投げ出してでも買うようにしている。もちろん、値切ったりはしない。すぐに食べ切れない量でも問題ない。干物にして冷凍しておけばいいからだ。
今月、そんな漁師との交流も詳細に記述した書籍『蒲郡偏愛もの語り』(広中一成さんとの共著)を発行した。2012年夏、結婚相手の都合で東京から蒲郡に引っ越してきた僕。近所の話題を取り上げるフリーペーパー『蒲郡偏愛地図』を自主制作するなどして、街にようやく馴染んできたな、と思っていたらコロナ禍に。人に会いにくくなり、ストレス解消のために海辺を散歩していたときに縁ができたのが漁師たちだった。
本を書き終えた今になって気づくのは、僕は魚だけでなく、美味しい魚をとりまく人とのつながりが好きだということだ。上手にできた干物は遠くのグルメな友人にも食べてもらいたくなる。新刊は漁師に贈呈し、手づくり干物はまたあの人に送ろう。

教える人

内田清隆(「島源商店」専務)

1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。

文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎

大宮 冬洋

大宮 冬洋 (ライター)

1976年生まれ。埼玉県所沢市出身。2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。潮干狩りの浜も深海魚漁の港もある町で魚介類に親しむようになる。現在は蒲郡と東京・門前仲町の2拠点生活を送る。インタビュー記事なのに自分も顔を出す「インタビューエッセイ」が得意。関心分野は人間関係と食。自分や読者の好きな飲食店での交流宴会「スナック大宮(https://omiyatoyo.com/snack_omiya)」を東京・大阪・愛知などのどこかで毎月開催中。著書に『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)などがある。