そのひと皿は「甘酸っぱいはちみつレモンジュースをまとったレタス、みたいなジューシーさ」だという。特別なときに食べるハレの料理でもなく、いつもの普段の食事でもなく、ただ美味しいとか、好きだとか、ということでもなく、常に身近にあって食べ続けたいもの。人生や思い出と、いつも、いつでも結びついている。そんな、一生食べ続けたい「ひと皿」を食いしん坊に聞きました。
とにかくサラダが好きで、いちばん好きな夕食の献立は、たっぷりのサラダとワインとパン。お気に入りはいろいろあるけれど、なかでもしみじみ好きなのがシンプルなレタスのサラダだ。
ドレッシングはたっぷりのレモン果汁とはちみつに、塩とオリーブオイル。甘酸っぱいはちみつレモンジュースをまとったレタス、みたいなジューシーなサラダである。
いつの頃からか、このサラダをつくるようになっていた。振り返ってみれば、ひと昔前まで私にとってレタスは地味な存在で、使用頻度はずいぶんと低かった。生まれ育った千葉の九十九里では、子どもの頃にスーパーで売られているサラダ向きの葉物といえばキャベツを別にしたらレタスくらい。だから、東京でひとり暮らしを始めた若かりし頃、青山の「紀ノ国屋」などに並ぶ野菜の多彩さには度肝を抜かれたものだ。
葉物ならルッコラ、ベビーリーフ、レタスでもグリーンリーフやロメインレタスのようなフリル状のものに飛びつき、ずんぐりと結球したレタスなど目もくれない。長いことふつうのレタスとは無縁の生活を送ってきたけれど、徐々に知ったのだ。レタスの魅力を。
それはサラダに限ったことではなく、料理家ウー・ウェンさんに教わったレタス丸ごとを使う清々しいスープや、恵比寿の中華料理店「マサズキッチン」で味わったレタスの甘やかな湯引き。料理家でもある坂田阿希子さんが腕をふるう洋食店「KUCHIBUE」の、レタスが薄氷のようにパリッと弾けるコンビネーションサラダ。レタスって、こんなにおいしかったのか……。そう思える料理に出会うたびレタスを見る目が変わり、使用頻度すなわちサラダ的地位があがって、気づけばレタスだけのサラダをつくるようになっていた。
ドレッシングも、レタスにははちみつレモン味と、自然に定着していた。味の決め手は、生のレモン。手元にないときは常備している瓶入りの果汁で済ますけれど、フレッシュのレモンは圧倒的に香りがいい。だから、なるべくきらしたくない。出張取材などで地方へ飛べば道の駅へ寄り、ビニール袋にパンパンに詰められたレモンを見つけては喜び勇んで買って帰る(たいがい農薬不使用で驚くほど安い)。
母に頼んで、実家の庭へレモンの樹を植えてもらった(台風で倒れてしまったけれど……)。家の近所を散歩中、ひとさまの庭でたわわに実るレモンを見上げては、お裾分けしてくれる場面を妄想したりもして。
疲れているときほど、つくりたくなる。肉厚なレタスを無心にちぎり、レモンを握りつぶして果汁を搾り終えたその手の匂いに癒される。甘酸っぱいドレッシングをたっぷりまとったレタスは、シャキシャキした葉の内側からも水がほとばしるようで、食べるたびに生き返った心地になる。いつのまにか、人生に寄り添うひと皿になっていたのだった。
レタス | 1/3個 |
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レモン | 1/2個 |
はちみつ | 大さじ1くらい |
塩 | ひとつまみ |
オリーブオイル | 適量 |
レタスは水洗いして水気をきり、大きめのひと口大にちぎる。
レモンは表皮の香りを果汁にうつしたい。果汁が皮の表面をつたうよう、断面を上に向け、ぎゅっと握りつぶしながら果汁を搾る。はちみつ、塩を加え混ぜる。そのまま飲んでしまいたい!と思える甘酸っぱさに味を調える。
ボウルにレタスを入れ、オリーブオイルを全体にまとわせる。②を加え、レタスをつぶさないよう優しく和える。
文・写真:安井洋子