現代日本の中国料理の礎を築いた湯島聖堂「中国料理研究部」。その貴重なレシピと歴史を紐解く連載です。第4回目は聖堂料理を代表する揚げ春巻「炸春巻(ヂァアチュンジュアン)」。餡にとろみをつけず、パリッと軽やかに仕上げるのが聖堂式です。
中国で盛大に祝われる旧正月の「春節」。立春に縁起のよい食べものを食べ、春の訪れを寿ぐ。「春を巻く」と名づけられた点心“春巻(チュンジュアン)”は、春節には欠かせない料理のひとつだ。
その由来は定かではない。一説に、春に芽吹く香味野菜を薄い小麦粉の皮で包んで食べる「春餅(チュンピン)」が起源ともされるが、いつどこで現在のような揚げる形になったかはよくわかっていない。
春巻が日本に伝わったのは明治時代のこと。家庭料理として広まったのは戦後、皮が市販されるようになってからだ。湯島聖堂では当初、春巻の皮をつくる専用の鉄板があった。熱した鉄板にこねた小麦粉の生地を押しつけ、すばやく離す。すると、鉄板の上にグルテンの膜が丸くクレープ状に残る。これをはがせば、皮のできあがりだ。
「鉄板に押しつけた面が皮の表になります。表が外側にくるように具を巻かないと、ツヤがなくザラザラとしていて、きれいに仕上がりません。若手は、皮の表裏を間違えないようにとよく言われたものです」
中国では地域によって、春巻の餡に違いがある。日本で主流になったのは、白菜や肉などの具にとろみをつけた上海式。一方、北京では肉のほか、にらなどの香菜を包んで揚げる。聖堂式はこの北京式の流れを汲んだものだ。
おいしさの秘密は、具に混ぜる胡麻油。「水っぽい具が多いので、胡麻油はそのまとめ役。多めに入れたほうが、香りがよくておいしいと教わりました」と山本さんは言う。
聖堂式春巻は、それが聖堂発のレシピだとは知られぬまま広く家庭にまで浸透した一品といえるだろう。あらかじめ具に火を通す手間がなく、しっかり味がついていて、ご飯のおかずにも合う。中国料理研究部の講習会でも人気のメニューだった。講習会で講師を務め、のちに中国料理研究会を主宰した木村春子が手がけた一般向けの料理本でも、この春巻レシピはたびたび紹介されている。
もしあなたが、この春巻をどこか懐かしいと感じたなら――。それは、知らないうちに聖堂レシピを食べていたということなのかもしれない。
春巻きの皮 | 10枚 |
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豚ひき肉 | 150g |
にら | 小束1/2把 |
筍 | 25g(水煮) |
干ししいたけ | 2枚(水で戻しておく) |
緑豆春雨 | 15g(乾燥) |
醤油 | 大さじ1と1/2 |
胡麻油 | 大さじ1と1/2 |
胡椒 | 少々 |
★ 水溶き小麦粉 | |
・ 水 | 小さじ1 |
・ 小麦粉 | 小さじ1 |
揚げ油 | 適量 |
にらは4cm長さに切る。筍は塩少々を加えた湯でさっとゆで、4cm長さの細切りにする。椎茸は軸を切り落とし、水で洗って表面の汚れを取り除き、細切りにする。春雨はボウルに入れ、沸騰した湯をかけ、湯が冷めるまでおいて戻し、食べやすい長さに切る。
ボウルにひき肉を入れ、醤油、胡麻油、胡椒を加えて、粘りが出るまでよく練る。1の具材を加え、肉が絡む程度にざっくりと混ぜ合わせる。
春巻の皮は使う前に冷蔵庫から出し、常温に戻す。1枚ずつはがすと破けることがあるので、最初は5枚ずつ、次は2枚と3枚に分ける……というように徐々に薄くはがしていく。春巻の皮のザラザラした面を上にして、菱形に置く。具の10分の1を手前に、横長にのせる。手前の皮を内側にひと巻きし、両端を折り込む。折り畳むように巻き、最後に皮の2辺に水溶き小麦粉で糊づけして留める。
揚げ油を120℃ぐらいの低めの温度に熱し、春巻を鍋肌からすべり入れる。春巻を全部入れると油の温度が下がるので、いったん火を強める。角だけ色づいてきたら油の温度が上がったサイン。火をもとに戻し、160℃くらいの温度を保つ。途中で上下を返し、全体がほどよく色づき、音が小さくなってきたら、仕上げに火を強める。きつね色になったら油をきり、器に盛る。好みで辛子と酢を添える。
1949年高知県生まれ。68年、中国料理研究部に所属し、中国料理の道に進む。76年より中国料理研究部出身の故小笹六郎さんが開いた「知味斎」に勤務。87年、東京・吉祥寺に「知味 竹廬山房」をオープンし、旬の素材を取り入れた月替りのコース料理で中国料理界に新風を巻き起こした(2019年閉店)。著書『鮮 中国料理味づくりのコツ たまには花椒塩を添えて』、共著『野菜の中国料理』、『乾貨の中国料理』(すべて柴田書店)など携わった本は、中国料理を志す人にとって必携の書になっている。
文:澁川祐子 撮影:今清水隆宏