現代日本の中国料理の礎を築いた湯島聖堂「中国料理研究部」。その貴重なレシピと歴史を聖堂出身の山本豊シェフとともに紐解く連載です。第2回目は北京式の「糖醋肉(タンツーロウ)」。聖堂料理を代表する、酢豚のレシピです。
酢豚は、日本でも明治時代からつくられてきたなじみ深い中国料理。そのルーツは「古くからある肉料理」を意味する「古老肉(グゥラオロー)」。「咕噜肉(グゥルゥロー)」ともいう。清代(1644~1912)まで遡る名菜で、当時広州にいた外国人に人気のメニューだった。
中国料理研究部の料理講習会でも繰り返し教えられてきたが、日本で当時広まっていた酢豚とは、同じ名でも味が全然違っていた。聖堂で伝授されたのは、北京式の味つけだったからだ。
「広東式は、パイナップルなどの果物やケチャップが入ります。1960年代の日本で酢豚といえば、こってりした広東式でしたが、聖堂で教えていたのは、北方のシンプルで上品な味つけのレシピ。酢、醤油、砂糖、それにスープを加えるのが最大の特徴です」
今では広東式の酢豚ではない、すっきりとした味わいの酢豚もポピュラーになったが、当時は斬新だった。具材も味つけと同様、豚肉、しいたけ、筍、ピーマンといたってシンプル。軽やかな、飽きのこない味わいが評判を呼んだ。
料理のポイントは、中国料理で好まれる「外脆内嫩 (ワイツィネイネン)」だ。
・脆(ツィ)…直訳すると「もろい」。転じてカリッ、サクッという歯切れのよい食感を指す。
・嫩(ネン)…もとは「若い」の意味で、しなやかな柔らかさを表す。
つまり、外はカリッと中はしっとり柔らかく具材を仕上げるのがコツだ。「しいたけや筍も外側がカリッとした歯ごたえになるよう、色づくまで揚げましょう」と山本さん。
「咕噜肉(グゥルゥロー)」という別名は、外国人にとって「古老肉(グゥラオロー)」が発音しにくかったからつけられたとされる。「咕噜」は、一説にゴクリと唾を飲み込む音を表すという。カリッと揚げた肉に、トロリと澄んだ味わいの甘酢あんが絡む聖堂式酢豚は、まさに喉が鳴る伝説の一品だ。
豚肩ロース肉 | 250g |
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干し椎茸 | 3枚(水で戻す) |
筍 | 1/4本(水煮) |
ピーマン | 1個 |
★ 肉の下味用 | |
・ 溶き卵 | 1/2個 |
・ 生姜のおろし汁 | 1/2片分 |
・ 醤油 | 大さじ1/2 |
・ 水 | 大さじ1 |
・ 塩 | 少々 |
・ 胡椒 | 少々 |
・ 片栗粉 | 大さじ2 |
★ たれ | |
・ スープ | 125mL |
・ 醤油 | 大さじ2強 |
・ 酢 | 大さじ2と1/2 |
・ 砂糖 | 大さじ4(36g) |
★ 水溶き片栗粉 | |
・ 片栗粉 | 小さじ2 |
・ 水 | 小さじ2 |
揚げ油 | 適量 |
胡麻油 | 大さじ1/2 |
ピーマンは縦半分に切って種を除き、乱切りにする。椎茸は軸を切り落とし、水で洗って表面の汚れを取り除き、一口大に切る。筍も一口大に切り揃え、えぐみを取るために塩少々を加えた湯でさっとゆで、醤油少々(分量外)で下味をしみ込ませておく。
豚肉は片面に5mm幅の切り込みを斜めに入れ、2cm角に切る。ボウルに豚肉と片栗粉以外の下味用の材料を入れてもみ込む。最後に片栗粉を加えてもみ込み、10分おいて水分を吸わせる。
ボウルにたれの材料を入れ、よく混ぜ合わせる。スープは、顆粒の鶏がらスープの素を表示どおりに溶いたものでよい。別のボウルに、水溶き片栗粉の材料を入れて混ぜておく。
揚げあがりが美しくなるように、2の肉を手で丸めながら一切れずつ入れる。ゆっくりと黄金色になるまで揚げる。肉の色が変わったら、椎茸、筍も投入。筍の角が色づいたら、最後にピーマンを入れ、緑が鮮やかになったらすべて網に揚げ、油をきる。
4の鍋の油をオイルポットなどに空け、鍋にたれを入れてひと煮立ちさせる。水溶き片栗粉を回し入れ、濃いめのとろみをつける。
5に4の肉と野菜を加え、大きく2度ほど返してあんを手早くからめる。香りづけに胡麻油をたらし、器に盛る。
参考文献:岩間一弘編『中国料理と近代日本 食と嗜好の文化交流史』2019年、慶應義塾大学出版会
広東省人民政府「広東料理 咕噜肉」 https://www.gd.gov.cn/zjgd/lnms/gzms/content/post_111587.html(参照2023-10-30)
1949年高知県生まれ。68年、中国料理研究部に所属し、中国料理の道に進む。76年より中国料理研究部出身の故小笹六郎さんが開いた「知味斎」に勤務。87年、東京・吉祥寺に「知味 竹廬山房」をオープンし、旬の素材を取り入れた月替りのコース料理で中国料理界に新風を巻き起こした(2019年閉店)。著書『鮮 中国料理味づくりのコツ たまには花椒塩を添えて』、共著『野菜の中国料理』、『乾貨の中国料理』(すべて柴田書店)など携わった本は、中国料理を志す人にとって必携の書になっている。
文:澁川祐子 撮影:今清水隆宏