辻さんがパリで一番好きな野菜というフェンネルを使ったサラダです。作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。パリに住んで20年の辻さんによる、美味しさと思い出の詰まった“パリ・サラダ”のレシピです。
20年前、パリで暮らしだしたばかりのぼくが近所の八百屋にはじめて買い物に行った折、真っ先に目に飛び込んできたのが、この心臓の形をしたフェンネル(日本名、ウイキョウ。フランス名、フヌイユ)であった。
とにかく、それが心臓に見えて仕方なく、「なんて大胆な野菜なの、これ、どうやって食べるの?」と八百屋さんに英語で聞いて、魚との相性が抜群だよ、と教えられた(当時は英語しか喋ることが出来なかったのである)。
ものは試しで買って帰り、さっそく食べてもう一度びっくり。なんだこのハーブ感、今まで食べたことのない食感と風味、美味いじゃないか!!!それからいろいろと研究を重ねてきた。日本では、デパートのハーブ屋さんで買うことが出来るようだが、八百屋ではなかなか見つからない。アニスのようなハーヴィーな癖がある野菜だけど、これが、どっこい、この20年でぼくが最も愛したフレンチ野菜となった(これと、ラディッシュは、毎週、買っている)。魚料理に添えてもいいし、スープに入れても美味い。適当なサイズにカットしたものを焼いて、ポークロティや鯛のグリルの横に添えても美味しかった。
レシピに行く前に、ぼくが好きなフェンネルの食べ方をお教えしたい。それは“浅漬け”である。ファスナーつき保存袋にスライスしたフェンネルをいれ、全体量の2%程度の塩、それから塩昆布一つまみ、最後にオリーブオイルをさっと回し掛けして、良く揉み、冷蔵庫にいれて、30分で、食べごろとなる。フェンネルの浅漬け風なのだけど、あっさりしている上に、独特の風味と歯ごたえがあって、正直、白菜や胡瓜のおしんこよりも箸がすすむ。近所に住むフランス人シェフを食事に招いた時のこと、箸休め的な感じでこれを小皿に入れて出したところ、
「ツジー、スモークサーモンを加えたら、もっとうまくなるんじゃないか」
と言い出した。
ちょうど冷蔵庫にスモークサーモンがあったので、適当なサイズにカットして混ぜたら、おお、びっくり。
「これはすごい!!!!」
となった。
ということで、今日、ご紹介する「フェンネルとスモークサーモンのサラダ」はそこから始まって、たどり着いたレシピである。
浅漬けでもない、マリネでもない、不思議な食感のサラダではあるが、新鮮な風味と独特の歯ごたえがたまらない。日本人にはなじみのないフェンネルの、実に控えめな風味が、新鮮な感動を届けてくれる一品である。樽の香りの利いた白ワインとの相性はさらに抜群なので、お試しあれ。
では、さっそく、一緒に作ってみよう。
フェンネル | 1株 |
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スモークサーモン | 60g |
レモン | 1/2個分(搾り汁) |
オリーブオイル | 大さじ2 |
きゅうり | 少々 |
塩 | 小さじ1 |
黒胡椒 | 適量 |
フェンネルをスライサーでスライスし、ボウルに入れ、塩をふりかけ、手でざっくりかき混ぜたら5分くらい置く。
①のフェンネルから出た水気をしっかり絞り、適当な大きさに切ったスモークサーモンを加え、レモン汁、黒胡椒、オリーブオイルを入れてよく混ぜる。
最後に黒胡椒をガリガリとふりかけ、細かく切ったきゅうりを飾り、完成。
文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac