ある日おばあちゃんが教えてくれた、にんじんとクミンのスープがとっても美味しくなる方法とは?作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。その辻さんは「パリはスープの宝庫」と言います。パリに住んで18年の辻さんによる、やさしいご馳走“パリ・スープ”のレシピです。
子供の頃はにんじんが嫌いでしたが、大人になってこのおいしさがわかるようになりました。そして、なぜか、にんじんと健康は昔からセットでして、フランスでもにんじんは体にいいという噂しかききません。けれども、これはにんじんに実に失礼な話しで、ぼくはにんじんが健康にいいとか悪いとか以前に、にんじんは美味しいから食べるようにしています。笑。
とくに今日、紹介するにんじんのスープは数あるにんじんスープの中でも本当にうまい。理屈抜きに美味しいことは請け合います。にんじんとクミンの相性が抜群にいいことは昔から知られていたことですけど、このにんじんの持つ自然な甘みと苦みにクミンが加わることで全く新しいスープが生まれてしまうことに着眼した人は天才でしょうね。そこで、ぼくはそこにひと手間加えて、さらに旨味を凝縮したスープを作るのですが……。そのきっかけは、八百屋で知り合った名前も知らないおばあちゃんのアドバイスでした。
このおばあちゃん、なぜか知らないけど、ぼくのところにやってくる。スーパーで買い物をしていると、どこからかこのおばあちゃんがやって来て、「あのね、君、はちみつがほしいのよ」と言うのです。それでぼくはおばあちゃんをはちみつコーナーに連れていくわけです。しばらくすると、「あのね、栗の缶詰に手が届かないのよ」と言いに来るので、ぼくがかわりに棚の一番上からとってあげたりしておりました。
「おばあちゃん、ぼくはね、店員じゃないんだよ。普通のお客さん。日本人なの」と教えたら、「あんたが店員じゃないことくらいわかってるよ。でも、あんた優しそうだからさ」と言われて、ちょっと嬉しくもありました。
買い物の時間がいつも一緒だから、おばあちゃんはぼくを見かけるとやって来る。そして、新聞が読みたい、とか、バゲットをとってくれ、といろいろと注文され、しまいには、「買ったもの、レジまで運んでくれないか、お兄さん」と言われたりしたのです。61歳なのに、おばあちゃんからするとぼくはヤングマンなんだろうね。嬉しいじゃないの~。
ところがある日、野菜コーナーでぼくがにんじんを物色していたら、後ろから、「それはスープにしたらうまいよ」と声がかかったのでした。ははぁ、と思って振り返ると、やっぱり、おばあちゃんが得意げな顔で立っていたのです。
「クミンとにんじんのスープだよ。知ってるかい?」
「知ってますよ。大好きです」
「ほー、そうか、日本の若者も、うまいもの知ってるな。じゃあ、にんじんは煮てジューサーだね?」
「ええ、普段は、そうしています」
「じゃあ、今夜はオーブンでグリルにしてからジューサーにかけなさい。驚くくらいにうまいぞ」
と言うじゃありませんか。
「なんでですか?」
「あのね、日本の友よ、理由なんかないよ。オーブンで作るとなんでもうまいから、やったら、本当に美味しかっただけ。でも、おすすめだよ。余計なことは考えるな、美味しければいいじゃないか」
最高のおばあちゃんなのです。
さて、スープ連載の締め切りが近づいていたので、これだ、と思って葉っぱ付きのにんじんを買って帰り、オーブンで焼いてからジューサーにかけて作ってみたら、わお、凄い!めっちゃ甘いし、広がりがあります。味がぎゅっと濃縮された感じになっているじゃないですか。ということで、今日は、名もないおばあちゃんから教わった「にんじんとクミンのスープ」をつくってみることにします。
にんじん | 500g(正味) |
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玉ねぎ | 小1個 |
しょうが | 小さじ1(みじん切り) |
にんにく | 1片 |
クミン | 小さじ1 |
野菜ブイヨン | 半個 |
バター | 10g |
塩 | 適宜 |
粗挽き黒胡椒 | 適宜 |
生クリーム | 50ml |
オリーブオイル | 大さじ1 |
水 | 500ml |
まず、オーブン皿にオーブンシートを敷いて、太めの輪切りにしたにんじんを並べ、オリーブオイル(分量外、全体に軽く回しかける)、塩、クミンひとつまみ(分量外)をかけます。
180℃に予熱したオーブンで30分ほど(個体差、アリ)焼き、にんじんに焦げ目がつき始める手前でオーブンから出してください。
その間に、ココットにオリーブオイルをひき、みじん切りにしたにんにく、しょうが、玉ねぎをじっくり炒めておきましょう。玉ねぎによく火が通ったら一旦火を消しておいてください。
にんじんが焼き上がったらココットに入れ、水とブイヨン、クミンを加え、15分ほど煮るのです。ここはおばあちゃんの指示にはありませんでした。笑。
ハンドブレンダーでスープ全体がなめらかになるまで潰し、最後にバターを加え、完成となります。※ハンドブレンダーがない場合、ミキサーにかけてまた戻す、でOK。
生クリームに塩ひとつまみを加え、泡立てます。塩は入れすぎないようにしてください。
八分立てくらいに泡立ったら粗挽き黒胡椒を加え、カップに注いだスープの上にのせ、いただきます。これが、これが、にくたらしいくらいにうまいのです。ボナペティ。
「追記」
あ、言い忘れた。この残ったにんじんの葉っぱですが、辻家ではかき揚げにしてお蕎麦で残さず頂きます。あるいは、ふりかけにします。これが、余談ですけど、死ぬほどに美味しいんです。にんじんって、天才ですね。
文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac