辻 仁成の“パリ・スープ”
辻 仁成の"パリ・スープ"|第十八回"ボルシチ"

辻 仁成の"パリ・スープ"|第十八回"ボルシチ"

ウクライナ人の美の秘訣になるスープとは?作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。その辻さんは「パリはスープの宝庫」と言います。パリに住んで18年の辻さんによる、やさしいご馳走“パリ・スープ”のレシピです。

ウクライナの食べるスープ“ボルシチ”

ぼくが昔住んでいたアパルトマンのすぐ隣が、ウクライナ大使館だったからか、パスポート申請に来たと思われる、とにかく背が高くて、顔の小さな金髪の美人がうちの家の前の路地でしょっちゅう行列を作っていたものです。引っ越した直後は、ここ何だろう、と怪しんだほどでした(笑)日本にいた頃にはまったく縁のなかったウクライナ、大使館がご近所だったことで、気になるようになります。この国はどういう歴史があるのだろう、とか、みんな何を食べて、男性も女性もこんなに綺麗なんだろう、とかですね……。

で、今日、ご紹介する“ボルシチ”ですが、諸説あるのですけど、世界的にはウクライナのスープということになっております。昨今、中国と韓国がキムチは自国の国民食合戦をやっておられるのと一緒で、ボルシチもウクライナとポーランドとロシアが自国の起源説を主張しております。世界三大スープの一つと言われるだけあり、スープ界において話題に事欠きません。しかし、ぼくは個人的にですが、ボルシチはウクライナのスープで確定だと思っております。というのは、ウクライナには数十種類のボルシチが大昔から存在し、それにまつわる様々な文献も残っているからです。

子供の乳母を一瞬、頼んだことがあるウクライナ人のルバさんから教わった本場のボルシチを今日は皆さんに伝授したいと思いますが、ルバさん曰く、「キャベツの存在が重要」とのこと。それは意外な意見でした。ボルシチといえば、ビーツまたはテーブルビート(仏語でベットラーブ)が必ず入った赤いスープというイメージがあるのですが、ルバさんは首を横に振ります。「一番大事なのはキャベツで、ビーツが最悪なくてもボルシチは出来るけど、キャベツがなければボルシチとは言えません」とのことでした。これは、ロシア人やポーランドの方も言いますので、事実なのでしょう。そこで、ぼくはキャベツに重きを置いて、料理を心がけることになるのですが、確かに、これはキャベツがいかに大事か、作っていくと分かってきます。キャベツの甘味、コク、広がりが、このスープをベースのところで支えているのでした。

しかし、あの赤い色味はやはり、ボルシチの顔ですし、ビーツ(テーブルビート)自体はキャベツに負けないほど栄養価が高い野菜です。寒冷地で生き抜くのに、このスープで温まり、健康になることは必須だったのでしょう。もしかしたら、ウクライナ人のあの美しい皮膚や健康美はこのスープに要因があるのかもしれない、と私は勝手に推測しております。美しくあるために、健康で生き抜くために、じゃあ、今日も「食べるスープ」を一緒に作ってまいりましょう。

ボルシチのつくり方

材料材料 (4人分)

牛肩肉500g(あれば骨付き煮込み用を推奨)
玉ねぎ 1個
にんじん1本
キャベツ1/4個
トマト1/2缶
トマトペースト大さじ1
ビーツ1個(缶詰でもOK)
じゃがいも1個
小さじ1
ローリエ2枚
レモン1/2個
サワークリーム適宜

1牛肩肉を煮込む

まず、鍋に牛肩肉とローリエを入れ、ひたひたになるくらいの水で柔らかくなるまで煮ることからはじめます。フランスの肉は赤肉なので圧力鍋を使用しましたが、日本の牛肉はサシが多いので、普通のお鍋で1時間もやれば柔らかくなりますね。部位の違いや、個体差もありますから、様子をみながら、40分~1時間程度煮込んでみてください。

牛肩肉を煮込む

2野菜を炒め、煮込む

次に、ココットにオリーブオイル大さじ1をひき、みじん切りにした玉ねぎを炒めていきます。玉ねぎが透明になったら細切りにしたにんじんを加え、しんなりするまで炒めます。ざっくり切ったキャベツ、トマト缶、トマトペーストを加え、1の牛肉の煮汁を具がひたひたになるくらいまで加えてください。そこに、塩を加え30分ほど煮込みます。

野菜を炒め、煮込む

3肉とビーツも加え、煮込む

①の柔らかくなった牛肉を食べやすい大きさにし、別にゆでたじゃがいも、細切りにしてゆでたビーツ(日本だと生のビーツがかなり手に入りにくいので、缶詰を使ってください。その場合、缶詰の赤いゆで汁も様子をみながら、ちょっと使用しましょう。赤が映えます)を、ローリエと一緒に加え、レモンを搾り、15分ほど煮込んだら塩(分量外)で味を調え完成となります。

肉とビーツも加え、煮込む
肉とビーツも加え、煮込む

4器に盛る

盛りつけてサワークリームをかけて完成。

仕上げる

これ、マジで超美味しいんです。なるほど、世界三大、間違いない、と思いますよ。サワークリームをのせて、召し上がれ! ボナペティ。

文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac