美味しいスープが誕生する過程には、人類の美味しい記憶が存在するという。作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。その辻さんは「パリはスープの宝庫」と言います。パリに住んで18年の辻さんにやさしいご馳走である“パリ・スープ”のレシピです。
美味しいものには必ず歴史がある。そして、伝統的な料理には必ずと言っていいほど諸説が存在する。ぼくは食が人類と共に辿って来たそれらの歴史にこそ、いつも心を揺さぶられる。その過去を知った上で頂くと、さらに美味しさに深みが加わるという仕組みだ。
フランスでは一般的に、じゃがいもとポワローネギが入ったクリーム仕立ての冷たいスープのことを「ヴィシソワーズ」と呼ぶ。フレンチレストランでこの時期食前に軽く添えられる冷製スープのヴィシソワーズ、お年寄りからお子さんまであらゆる人々に愛されるスープだけれど、もちろんその誕生秘話には諸説ある。
しかし、ヴィシソワーズの起源にまつわる中でもっとも有力視されているのが、20世紀初頭(1917年ごろ)、アメリカ・ニューヨークの「リッツ・カールトンホテル」に勤めていたフランス人シェフ、ルイ・ディア氏が考案したというもの。フランスのヴィシー群出身のルイ・シェフは、子供の頃に母親や祖母が作ったじゃがいもとポワローのスープに冷たい牛乳を注いで(まさに)食べていたことを思い出し、それを再現した。もちろん、フランスには大昔からじゃがいもとポワローネギの温かいスープは存在していた。けれども、シェフは記憶に焼き付いていた冷たいスープのことが忘れられなかった。記憶というものが味を想像する。まさに、ここにも立派な伝統の継承があり、その記憶を蘇らせる中で新たな創造が生まれたということであろう。ルイ・シェフは自分の郷里へのノスタルジーをその名前に込めた。こういう経緯があり、ヴィシソワーズはアメリカが発祥とされている。人に歴史があるように、スープにも偉大な記憶が存在する。
さて、今回のヴィシソワーズは日本で進化した洒落たアミューズのそれではない。食べるスープの本領発揮、しっかりと食べ応えのあるクリーミーな口当たりのパリ風ヴィシソワーズということになる。ぼくは真夏の暑い食欲のない時にこれを食べる。カスピ海ヨーグルトにも似たとろみの強いスープだ。見た目ではそのおいしさが説明できないので、ぜひ、トライして頂きたい。よく冷やしたヴィシソワーズを口に入れた瞬間のあなたの喜ぶ顔が頭を過ぎる。ボナペティ。
じゃがいも | 400g(メークイン) |
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ポワローネギ | 200g(少し味が変わりますが長ネギでも可) |
チキンブイヨン | 1/2個 |
水 | 500ml |
生クリーム | 200ml |
牛乳 | 100ml |
バター | 15g |
塩 | 適宜 |
ポワローねぎを輪切りにし、バターを溶かしたココット鍋でじっくり焦げないように炒める。
ポワローねぎが透明になってきたら、皮を剥いて輪切りにしたじゃがいもを加え、軽く炒め合わせ、材料がひたひたになるまで水を入れチキンブイヨンを加える。
じっくり煮込み、じゃがいもが崩れるくらいになったら、バーブレンダーで全体をピュレ状になるまでなめらかに粉砕する。
ピュレができたら、濾し器を通してなめらかにする。このスープのポイントは濾し器で丁寧に裏漉しすること!ここで勝負が決まります。
濾したスープに生クリーム、牛乳を加えよくなじませ、塩で味を調えたら完成。粗熱が取れたら冷蔵庫に入れてよく冷やす。とろみが癖になる、まさに食べるスープの醍醐味、ご賞味ください。
文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac