dancyu1992年1月号「日本全国『鍋』自慢」特集から「俵万智さん、鯛や伊勢エビなどで楽しむ大阪生まれのぜいたく鍋“沖すき”を『ろくさん亭』主人に習う」を紹介します。「和の鉄人」である道場六三郎さんが、歌人の俵万智さんに豪華絢爛な海鮮鍋のつくり方を教えます。
1931年、石川県生まれ。山中温泉の情緒あふれる町並みと豊かな自然に触れて育つ。家業の茶道具漆器の座り仕事が性分に合わず、知り合いの魚屋に入り、初めて包丁を握る。1950年に銀座「くろかべ」で料理人としての第一歩を踏み出す。神戸「六甲花壇」、金沢「白雲楼」を経て「赤坂常盤家」でチーフとなる。1971年に銀座「ろくさん亭」を開き、1993年にフジテレビで放映された『料理の鉄人』では”和の鉄人”として白熱の料理対決を繰り広げ、一世を風靡した。著書に『“鉄人”道場六三郎の味の極意を教えよう』(主婦と生活社)、『「一本立ちできる男」はここが違う』(新講社)『おかず指南』(中央公論社)などがある。
1992年1月号に登場したのは、歌人の俵万智さん。鯛、鰆、伊勢エビといった魚介類と秋の野菜をふんだんに使った“沖すき”のつくり方を銀座「ろくさん亭」主人の道場六三郎さんに習います。
当時29歳の俵万智さんは『サラダ記念日』に次ぐ第二歌集『かぜのてのひら』(共に河出書房新社)を上梓したばかり。食べ物に関する歌を多く詠んでいる俵さんは、自分でも料理することが大好きだと誌面で語っています。
歌の仲間が集まるときなど、よく鍋物をつくります。得意なのは、“ポパイ鍋”と“すき焼きちゃんこ”。ポパイ鍋は、豚肉にほうれん草たっぷりの鍋で、だしに日本酒を使うのがコツ。
俵さんが鍋づくりに挑戦する「ろくさん亭」の板場には鰆、シゲ鱈、焼き穴子、生かき、赤貝、伊勢エビといった瀬戸内から取り寄せた海の幸がずらり。『サラダ記念日』の中で「びっしりと少女の爪を貼り付けているような鯛ギラリ魚屋」と詠んだ鯛が堂々と中心に鎮座しています。
大阪、神戸、岡山などの瀬戸内に伝わる“沖すき”は、すき焼きのだしで白身魚を中心にした魚介類をサッと煮て食べる郷土鍋。道場さんが“沖すき”を語ります。
沖すきの名前の由来はよくわかりませんが、沖とは沖で獲れたもの、すなわち魚ということ、すきはすき焼きのすきでしょう。要するに魚を主体にした鍋ということです。楽しみ鍋とか粋者鍋といった別名もあります。魚介がいっぱい入っていて食べるのが楽しみ、粋人も満足させる味という意味ですね。
用意された食材は魚介類と野菜を合わせるとなんと20種類以上!
俵さんは贅沢な沖すきを味わうために、ひとつひとつの食材を道場さんの手ほどきを受けながら下ごしらえしたそうです。
大きな鍋に湯を沸かし、塩ひとつまみと鷹の爪を入れて白菜を2分ゆでる。芯が透き通ったら盆ざるにあげて団扇で冷まし、巻きすの上に置く。熱が取れたら5cmの長さに切りわけて、綺麗な葉の部分が外側にくるように下に置き、白い部分は芯にして巻く。巻き終わったら両手で握り、少しねじって水分を絞り出す。巻きすを外して3cm幅に切りわける。
冬の京野菜のひとつ、かぶらは煮えにくく、アクが出るので下ゆでが必要。葉を切り落として、皮を剥く。六つ割りにして、煮崩れを防ぐために面取りをする。鍋にかぶらを入れて米のとぎ汁か、生米ひとつかみと水を入れて強火にかける。上から落とし蓋をして沸騰してから5分ほどゆでる。
昆布と鰹節のだし、日本酒、味醂、醤油を鍋に入れ強火にかける。沸騰したら鯖節を入れて弱火にする。丹念にアクを取りながら、旨味が十分出るまで5分煮る。
さらしかペーパータオルを使って、だし汁を濾せば沖すきの"すきだし"はでき上がり。鍋に張って食卓に運ぶ。
鍋に使う魚介類に下味をつけるのが道場さん流。魚のおいしさを際立たせる秘訣とのこと。
味醂6に対して醤油4を混ぜ合わせてかけだしをつくる。
殻つきの生かきを使うと旨いがアクがある。大根おろしで身を洗うと、汚れも取れてかき特有のくせが抜けて食べやすくなる。
赤貝のひもは鍋に入れず、刺身で食べる。包丁を使わなくても手で引けば取れる。ワタごと2cmほどの大きさにぶつ切りする。
鯛や鰆は三枚におろして刺身で食べるよりも厚めに切る。1.5cmほどの厚さがレアで食べられていい。身が煮崩れないように皮はつけたまま切りわける。
伊勢エビはまず、包丁で足を切り落とす。食べやすくするため、縦にふたつ割りにして、中のワタを綺麗に取り除く。あとは、食べやすい大きさに叩き切る要領でぶつ切りにする。
器に盛り付けた魚介類に直接ざっとだしをかける。上から粉山椒をたっぷりと振りかけ、木の芽も散らせば、魚の下ごしらえは無事完了。
20種類もの素材の下ごしらえが終わって、ようやく“沖すき”にありつける俵さん。よくだしの出る伊勢エビを鍋に入れ、火の通りにくい野菜から魚介類の順番に鍋へ入れる。
材料に軽く火が通ったところで、俵さんが熱々を味わいます。
うーん、とっても贅沢な気分。沖すきは体を温めてくれるだけじゃなく心まで豊かにしてくれそう。
写真:加藤雅昭