dancyu1991年4月号に掲載された「“玉子魔人”の異名をとる推理作家の高橋克彦さんが、ボイルドエッグ、ココット、ポーチドエッグの基本と応用に挑戦」から、「KIHACHI(キハチ)」シェフ熊谷喜八さんのポーチドエッグとカニクリームグラタンのレシピを紹介します。
1946年、東京生まれ。映画「翼よ!あれがパリの灯だ」で映し出されるパリの街並みに憧れ、料理人を目指す。銀座「東急ホテル」を皮切りに、セネガル、モロッコ日本大使館料理長を務めた後、渡仏。パリ市内のレストランで研鑽を積み、当時ジョエル・ロブション氏が率いていた「ホテル・コンコルド・ラファイエット」でセクションシェフを務める。帰国後、葉山「ラ・マーレ・ド・茶屋」総料理長などを経て、1987年に「KIHACHI」を北青山にオープン。
著書に、『KIHACHI 四季のレシピ集』春夏秋冬編 全4巻(NHK出版)、『キハチのさかな』(ポプラ社)など。現在はレストランとともに、カフェとパティスリーを含めた21店舗を経営している。
1991年4月号の誌面に登場したのは、江戸川乱歩賞作家(掲載翌年の1992年には直木賞を受賞)高橋克彦さん。「KIHACHI(キハチ)」シェフ熊谷喜八さんに卵料理の基本を学び、それらを活用したレシピを教ります。
高橋さんは記事の中で「異常とも言える玉子好き人間」と綴っています。1日に平均して食べる卵の数は、5個か6個。(掲載当時までに、高橋さんがこれまで食べたであろう卵の数は「単純計算でも六万個」と記されています!)。
5歳のときには卵の唄なるものまで作詞作曲していて、“卵茶漬け”や“克彦式卵酒”などオリジナルのレシピを開発していたそうです。高橋さんの卵への愛は上梓した本にも表れています。初のエッセイ集のタイトルは『玉子魔人の日常』。
高校の頃には玉子の食べ過ぎで重症のジンマシンに罹り、絶対に食べてはいけないと止められたのにも関わらず、その禁を犯して前以上に食べ続け、ついには病魔を克服した。玉子はあらゆる料理に用いられている。禁止されてしまったら生きてはいけないと案じたのだ。これしか食べ物はないんだ、と自分の体に教え込んだのである。
まぁ、このシェフも逆の意味での玉子魔人である、と私は思った。ジンマシンを克服したときの私とおなじ心境だろう。
そういう人の玉子料理とはどんなものか。
これで断ったら玉子魔人の名がすたる。
私は張り切って料理に挑戦した。
熊谷シェフから指南を受けた高橋さんが「私の六万個の玉子経験からしても一、二を争うほど美味」「もしかすると玉子はこの料理のために用意された材料だったのかも知れない」と語る、ポーチドエッグを使ったカニクリームグラタンを紹介します!
誌面では、ポーチドエッグについて、こう解説しています。「ポーチドエッグとは、日本風に言えば落とし卵である。上手に作るコツは、新鮮で良い卵を使うこと。水っぽい卵だとうまく固まらないが、中身の濃い卵だと酢や塩がなくとも綺麗に仕上がる」。
・ 卵 | 適宜 |
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・ 酢 | 適宜 |
・ 塩 | 適宜 |
鍋を火にかけ、塩を軽く振り入れる。湯1lに対して大さじ1の酢を加える。小さなボウルに卵を割り入れておく。
ボウルに入れた卵を静かにすべらすように湯に入れる。卵はすぐに白身が固まっていくので、白身のヒラヒラしたところを中心に包み込むように固める。白身が全部固まるまでゆでる。目安は2~3分。お玉で取り出し、ふきんの上にのせる。
余分な湯分をふきんで取り去り、温めておいた皿にのせる。切ると中から見事な半熟の黄身が溢れ出る。塩をふってこのまま食べてもおいしい。
これは、玉子嫌いでも食べたくなる玉子料理の極致というべきものである。カニクリームの上にポーチドエッグをのせ、卵黄のソースとチーズをかけオーブンで軽く焼き目をつける。材料が材料だけに途中で食べてしまいたい誘惑にかられる料理だが、完成すれば、努力は大いに報われたと満足するはずだ。
・ カニ肉 | 200g |
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・ たまねぎ | 1/4個 |
・ にんにく | 半片 |
・ マッシュルーム | 8個 |
・ 生クリーム | 200ml |
・ 小麦粉 | 小さじ4 |
・ バター | 40g |
・ ポーチドエッグ | 8個 |
・ 卵黄 | 2個分 |
・ バター | 20g |
・ レモン汁 | 1/2個分 |
・ 塩 | 適宜 |
・ 胡椒 | 適宜 |
・ 粉チーズ | 適宜 |
カニ肉から軟骨を取り除いておく。鍋に入れたバター20gを湯煎して、溶かしバターをつくる。
カニを使えば、おいしいのが当たり前じゃないかと考えるのは素人だ。
卵2個分の卵黄を入れたボウルに小さじ1の70度の湯(分量外)を加え、湯煎しながら泡立て器でとろみがついてくるまで混ぜ合わせる。溶かしバターを少しずつ加え、マヨネーズ状になるまでさらに攪拌する。塩、胡椒、レモン汁を加えて、味を整えたら卵黄ソースはでき上がり。
実際私は完成の前にソースを嘗めて、おいしさに感嘆した。これで充分だとも思った。
たまねぎ、にんにくをみじん切りにする。マッシュルームを薄くスライスする。フライパンにバターを熱し、たまねぎ、にんにく、マッシュルームを中火で炒める。食材から水分が出てきたら小麦粉を入れてさらに炒める。カニ肉を入れ、水分がなくなるまで炒める。 生クリーム100mlを加え、木べらでゆっくりと混ぜてなじませていく。残りの生クリームを入れ、とろみがつくまで混ぜながら煮詰める。塩、胡椒で味を整えたらカニクリームのでき上がり。
むしろ玉子を加えることで子供向けの料理になってしまう。私にだって常識はあるのだ。内心、無駄な料理だとも感じていた。それが……違う!
バターを薄く塗った耐熱皿に2を入れる。ポーチドエッグをのせ、1をたっぷりとかけ、粉チーズを一面にふりかける。160度に予熱したオーブンで焼き色がつくまで5分焼いたらでき上がり!
玉子が上に載せられ、玉子のソースを掛けて焼き上げると、味に格段の差が出た。その瞬間から主役だったクリームソースが玉子の引き立て役に転じたのである。
高橋さんは心配する編集部をよそに、調理中から味見と称して卵をパクパクと食べ続けていたそうです。掲載当時から同じペースで今日まで卵を食べ続けていれば、なんと……11万個の計算です!
写真:大井一範