「リリエンベルグ」がワンシーズンでつくるシュトーレンの数は、6000個。予約で売り切れてしまう日もあるほど人気が高く、店を代表する菓子のひとつです。「この味はうちの店にしかできないよ」と横溝春雄シェフが語る秘密と、ひと手間を大切にしたレシピを教わります。
ウィーンで過ごした修行時代、菓子づくりを学んだ店でも、クリスマスが近くなるとシュトーレンをつくっていました。ドイツやオーストリアでは、強い香辛料やマジパンが入っていることが多くて、現地の味は僕の口にあまり合わなかった。自分の店でつくるときは、替わりにフルーツをたくさん使うレシピにしようと、ラム酒漬けのドライフルーツをたっぷり使っています。開店当初からラムは継ぎ足していてね。年を重ねるごとに風味が増して、うちだけの味になっているんです。
粉の相性やイースト菌の種類も、すったもんだを繰り返して今のレシピに決まってね。生地の成形も、バターの染み込みを良くするために、手間のかかる手包みに変えました。
試行錯誤の末に辿り着いたレシピを、横溝シェフと焼き菓子部門チーフの丸山晃一さんが披露します。工程は発酵を含めて7時間以上かかりますが、手間をかけてつくる価値は十分にありますよ!
A ドライイースト | 10g(*2) |
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A 塩 | 1.5g |
A 準強力粉 | 400g(*2) |
A 薄力粉 | 100g(*2) |
A グラニュー糖 | 125g |
A トレモリン | 25g |
ぬるま湯 | 70ml(30℃) |
牛乳 | 125ml |
卵 | 1個(Lサイズ) |
無塩バター | 150g(練りこみ用) |
いちじくのコンポート | 280g(*3) |
B シナモン | 1.5g |
B ナツメグ | 0.75g |
B オールスパイス | 0.75g |
B アーモンド | 125g(軽くローストして刻む) |
B くるみ | 60g |
B レーズン | 190g |
B フルーツのラム酒漬け | 125g(レーズン、イチジク、ストロベリー) |
B オレンジピール | 75g(セミドライ) |
B いちじく | 40g(セミドライ) |
発酵バター | 675g(浸し用) |
グラニュー糖 | 適宜 |
粉糖 | 適宜 |
*1 大サイズ(30cm)の400g が1個、中サイズ(20cm)の200gが4個、小サイズ(10cm)の80gが5個できます。
*2 「リリエンベルグ」では、ドライイースト「サフ赤ラベル」、準強力粉「リスドール」、薄力粉「スーパーバイオレット」を使用。
*3 いちじくを3日間シロップとバニラに漬けたもの。市販のいちじくのシロップ漬けで代用可。
卵、牛乳、バターは、室温に戻しておく。
Aをふるいにかけ、ボウルで混ぜ合わせる。
お菓子をつくるときに大切なのが、厨房の温度。厨房が寒いと材料も冷たくなって、生地がうまく発酵しないので、室温は25度くらいに保ちましょう。
ボウルに卵と牛乳、ぬるま湯を入れて、ホイッパーで混ぜる。芯温計で温度が23度から25度であるか確認する。
卵液の温度が低いと冷たい生地になってしまうので、うまく発酵しないんです。
1に2を少しずつ加えて、混ぜながらまとめる。
粉と卵液を混ぜ合わせた生地の温度が28度くらいになるのが理想だね。
材料がひとつにまとまったら、まな板に移してこねる。手首の部分を使って生地の真ん中を押し出すように。生地が滑らかになってきたら、グルテンが出てきた証拠。
蕎麦打ちの〝菊練り″というやり方と同じで、外側から内側に生地を巻き込んでいく。そうすると生地に菊のような模様が出てくるんです。
生地の表面にツヤが出てきて、手にくっついてこなくなったら、生地で無塩バターを包むようにして練り込む。
バターを手で直接触ると溶けてしまうから、生地で包み込むようにして、練りこむんですよ。
手首で押し出しながらこねる。ときどき、生地を少量取り、写真右のように伸び加減を確認する。
生地がうすく伸びて、なめらかに裂けるようになれば(写真右)こね終わりの合図です。
Bの材料を生地の中に、10回ほど折り込むように混ぜる。
生地を押し付けるように混ぜると、ラム酒漬けのシロップが生地に染み込んで、発酵の邪魔をしてしまいます。フルーツが固まらないように混ぜるぐらいで大丈夫です。
芯温計で生地の温度が26度〜27度であることを確認する。
生地の温度が高すぎると、コシがなくなります。逆に温度が低いと、発酵に時間がかかりすぎて生地が伸びてしまいます。
オーブンの上などの温かい場所(30度が目安)に生地を置き、乾燥しないようにラップフィルムをかけて、発酵を待つ。 1時間後、発酵具合を確認する。
生地がひと回り大きくなったのがわかるかな。打ち粉をつけた指で生地の真ん中に穴を開けて、すぐに塞がらなければ良い具合に発酵できています。グーっと生地が戻ってくるようだったら、もう5分ぐらい置いて様子をみてください。
発酵した生地を大サイズ400g1個と、中サイズ200g4個、小サイズ80g5個になるよう、カードを使って分割する。
分割した生地はまな板の上で転がして丸める。
手で優しく覆って、外側の生地を中に入れ込むように転がすと、表面が張ってくる。発酵で生まれた気泡が抜けて、焼き上がりにきめ細かい生地に仕上がるんです。
すべて丸めたら、内側に霧吹きをした、ばんじゅうなどの蓋を被せて、温かいところで30分ほど休ませる。
生地にとって一番良くないことが乾燥で、ある程度の湿度がないと発酵もうまく進みません。
80g の生地は、手で覆うように丸めて天板へ。180度に予熱したオーブンで、35分焼く。
中サイズの生地は打ち粉をつけためん棒で小判形に延ばし、いちじくのコンポートを中心に並べる。下半分の生地を中心まで巻き込む。
上半分の生地をかぶせたら、めん棒でいちじくの両脇を押し込み、天板に並べる。180度に予熱したオーブンで、35分焼く。
大サイズは長方形に延ばして、長い辺を手前にする。いちじくのコンポートを中心よりやや下に並べ、中サイズと同様に生地を織り込む。
めん棒で両脇を押し込み、天板に並べる。180度に予熱したオーブンで、35分焼く。
オーブンで生地を焼いている間に、浸し用のバターを用意する。中火にかけた鍋で発酵バター(浸し用)を加熱し、泡立ちはじめたら、別の鍋に漉しながら移す。
バターは火にかけると、たんぱく質が焦げることがあるので、濾して不純物は取り除きます。
生地が写真のように、全体が茶色く焼きあがったら、2cm間隔で竹串を刺して、穴を開けていく。
焼きあがった生地の表面は、食パンの皮みたいに固くなっているから、バターが染み込みにくいんです。
バターを80度に温め、生地にたっぷりと染み込ませていく。
生地とバターどちらも温かくないと、中まで染み込まないで、表面だけビチャビチャになってしまいます。
グラニュー糖を表面にたっぷりまぶして、下地をつくる。天板にのせて冷凍庫で約30分冷ます。
冬だったら、外に出しておくだけでも大丈夫。急速に冷ますことで外がサックリ、中がしっとりした食感に仕上がるんです。
生地が冷めたら、表面が真っ白になるまで濾し器で粉糖をふりかければ完成。
総工程時間、7時間45分。多いときは、1日で200個を超えるシュトーレンをつくるというのだから驚きです。どれだけ多い数でも、長い月日の中で編み出したひと手間を大切に仕上げるシュトーレン。真心を込めた手作業が光る、「リリエンベルグ」のレシピです。
ウィーン菓子屋のシンボルでもある「デメル」で、日本人としてはじめて働いた経歴を持つ。帰国後は「中村屋 グロリエッテ」でシェフとして研鑽を積み、1988年に独立。蕎麦好きのあまり、蕎麦打ち教室に通っていたことも。
文:河野大治朗 写真:吉澤健太