
2016年から六本木ヒルズアリーナ(東京・六本木)で開催されてきた日本酒の祭典「CRAFT SAKE WEEK」が、今年で10周年を迎えた。主宰は、元プロサッカー選手の中田英寿さん。日本酒の可能性と課題を考え抜いて毎年ブラッシュアップを続け、今や、他に類をみない魅力的な日本酒イベントとなっている。 同イベントの開催10周年を機に、このイベントについて中田さんの話を聞き、3回にわたって紹介する連載。2回目は、参加する酒蔵の選定の仕方や、蔵元へフィードバックされるデータについてお伝えする。
10周年の今年は、10蔵ずつ13日間、トータルで130の酒蔵が参加したCRAFT SAKE WEEK。さて130蔵は、どのように選ばれたのだろう。
「毎年、広く蔵元に声をかけてお酒を送ってもらい、テイスティングして選んでいます。今年は約400蔵の酒をテイスティングした中から130を選びました。前年の実績は関係ありません。すべてのお酒を改めて試飲し、選出します。試飲会には、約200人が参加。僕や会社(JCSC)のスタッフ、利き酒師やソムリエ、シェフなど味の専門家、また、一般の方にも参加していただいています。一般の人に入ってもらったのは、鑑評会のように製造上の欠点をチェックする減点法の試飲ではなく、皆が美味しいと思うお酒や、買いたいと思うお酒を選ぶための試飲だからです。選定する際は、ラベルを隠したブラインド試飲ではなく、ラベルが見える状態で、飲んでいます。お酒を選ぶときに、ラベルや瓶のデザインも大切な要素ですよね? だから、僕は市販されている姿のまま評価すべきだと考えます」。
中田さんは400種類すべてを試飲するが、そのほかの参加者は一人40~50本程度を試飲し、メンバーを入れ替えて一日3回、3日間をかけて審査している。「蔵元に極力負担をかけたくない」という中田さんの考えで、参加する蔵元から出品料は徴収しないという。
ユニークなのは、一日に出店する10蔵ずつテーマ名をつけていることだ。これまで地域別にグループ分けされていたこともあったが、今年は初日から順に、以下の13テーマを掲げた。
・祝・10周年、awa酒で乾杯の日
・未来を作る、SAKE NEXTの日
・ニュースタンダード、進化する酒蔵の日
・継承と革新、SAKEムーブメントの日
・実力派、通もうなる酒蔵の日
・個性爆発、クリエイティブSAKEの日
・ブレイク直前、覚醒する新星の日
・今どきスタンダード、フレッシュ&ジューシーの日
・注目度MAX、今いちばん熱い酒蔵の日
・至高が集う、CRAFT SAKE WEEK ザ・レジェンドの日
・海と陽が育む、瀬戸内テロワールの日
・TOKYO最前線、関東オールスターズの日
・頂を究める、チーム十四代の日
いずれも、テーマ名は10蔵の特徴を見事に言い当てながら、蔵元に会ってみたい!お酒を飲んでみたい!と思わせるような魅力的なキャッチコピーになっている。このグループ分けやネーミングは、誰が、どうやって決めているのだろう。
「分類もネーミングも、僕の担当です。僕は選んだ全部の蔵の特徴を知っていますし、すべてのお酒を飲んでいますからね。テーマ名は、蔵の方向性や味わいのイメージ、わかりやすさ……いろいろなことを加味して考えるのですが、これが難しくて……。初期の頃は地域別に分けていたのをテーマ別にしたのは、地域をミックスしたほうがお客さんは楽しいだろうし、それまで会う機会のなかった蔵元同士が交流する機会にもなると思ったから。イベントの終了後には、毎日、僕が蔵元たちを連れて打ち上げに行きます。僕は、新しい出会いを大切にしたい。出会いから生まれることに期待している。このイベントは日本酒の魅力や価値を消費者に伝える場ですが、同時に、蔵元と消費者、蔵元と料理人、そして蔵元同士、人と人をつなぐ場もめざしているんです」。


CRAFT SAKE WEEKには初年度から参加し、今年は「ニュースタンダード、進化する酒蔵の日」をテーマとした日に登場した「若波」若波酒造(福岡県)製造統括の今村友香さんは、
「華やかな場所で開かれる活気のあるイベントで、若い方と外国人の来場者が多い印象です。毎年来てくださる方も、『初めまして』のお客様もたくさん来てくださいますし、存じ上げなかった蔵元さんに会える機会でもあります」と、出会いを楽しんでいるという。
「CRAFT SAKE WEEKは蔵元の間でも、評判がいいんですよ。出店料を取らず、開栓したお酒は全て買い上げてくださいますし、会場に行けばすべてが既にスタンバイされていて、法被一枚持参するだけでいい。蔵元にとってこれほど負担やストレスが少ないイベントはなかなかないと思います。その上、スタッフの方に『酒造りの期間中なのに、参加してくださってありがとうございます』なんて言われて、もう胸キュンです。
フォロー体制も万全で、当社のように一人しか人員を出すことができない蔵には、5名ぐらいが専属で付いてくださる。それも利き酒師の資格を持つ方などスキルの高い方ばかり。『若波』のことをよく理解した上で、お客様に説明し、お酒を注いでくださる。楽しい雰囲気のなかにも真剣そのもの。一人だと短時間でも席を外しにくいものですが、安心してお任せできます。イベントが終われば酒瓶やバケツなどを片付ける必要もなく、懇親会場へ案内してくださる。終了後にはアンケートを提出するようになっているのですが、提案したことが、翌年にはちゃんと改善されている。JCSCさんの徹底したプロの仕事ぶりに感服してしまいます。いろいろな点から、また参加したいと思わせてくれるイベントです」。
意見がすぐに反映されるという蔵元の声を、中田さんに伝えると、
「アンケートを実施しているので、いただいた意見を生かすのは、当然のこと。問題点は蔵元だけではなく、会場にいる各部署の担当スタッフからも毎日随時上がるようにして、できるだけ速やかに対処するようにしています。たとえば、あの蔵の行列が長く、飲むまでに何分かかっているとか、各自が見たこと、感じた問題点などを、なるべく数値化。その数値を見て、翌日からは並び方を変えるなど、改善を続けてきました」と中田さん。
並び方の改善で思い出したのは、「十四代」の行列のことだ。3年前には、アリーナの外の道路近くに届くほど長い行列ができて、ブースにたどりついて、酒を選んでコインを支払い、酒が注がれるまでに、かなりの時間を要した。今年も長い行列はできていたが、並んでいる間に、スタッフが持っている3枚のカードから事前に飲みたい酒を選び、ブースにたどり着く直前に、別のスタッフにコインを渡して支払う仕組みに変更。今年は3年前より短時間でブースにたどり着き、目当ての酒を飲むことができた。確実に進化しているのだ。
数値化しているのは、行列の時間だけではない。
「3年ほど前から、コイン数による各蔵の売り上げの順位や、味わい別のカテゴリーのなかの順位など、あらゆる事象をなるべく数値化して、参加した蔵元にフィードバックするようにしている」と中田さん。

このフィードバックされるデータについて「相当の金額を払わなければ得られないほどのビッグデータ。蔵元として生かさないのはもったいない」と言うのは、「伯楽星」新澤醸造店(宮城県)5代目蔵元の新澤巌夫さんだ。世界酒蔵ランキング2025年で第1位ほか、数々の世界規模のコンテストでも受賞歴のある銘酒蔵として知られ、国内外の星付きレストランでもオンリストされている。初年度から参加し、26年は「至高が集う、CRAFT SAKE WEEK ザ・レジェンドの日」に出品した。
「データは、JCSCさんの社外秘だと思うので、詳しくは語りませんが、たとえば客層や気温、酒の味わいと位置づけ、売り上げ上位の蔵が獲得したコイン数、自社のランキングなどがすべて数値化され、考察が添えられています……と、かなり明かしてしまいましたね(笑)。
僕はこのビッグデータをもらって、ヒデさんから叱咤激励されているように感じました。日本酒のレベルは確実に底上げされ、美味しい酒を造ればいい時代は終わっている。我々蔵元に欠けているのは、マーケットを見る目であり、チャレンジ精神だ、ガンバレと。
日本の中心で、確固とした目的で開催され、しかも年々進化しているCRAFT SAKE WEEKは、世界一の酒のフェスだと僕は思う。コロナ禍もあって運営は大変だったと思いますが、スタッフやボランティア、警備員まで、人員は数もレベルもアップして、残っているのは精鋭だけだと思います。会場費も人件費も上がっているなかで、これほどのフェスを運営してくれて、終了後には、素晴らしい客観データをもらえる。選ばれた蔵元は、このデータを生かして、魅力的なお酒を提案したり、エンタメ性を織り込んだりして、お客さまに喜んでもらい、売り上げアップを目指すべきだと思いました。僕はチャレンジしたいし、ランキングが出るならトップを狙いたい!」と、上昇志向の新澤さんらしいコメントをもらった。
では新澤さんは、どんなチャレンジをしているのだろう。
26年の酒は、全て会期中の限定酒で、「純米大吟醸 桜 今朝搾り」は、伯楽星が参加した当日、4月26日の午前中に宮城県の酒蔵で搾ったばかりの、文字通りの“今朝搾り”の酒。午前0時に搾った「うすにごり」と、午前7時に搾った「にごり」は、酒蔵から東京まで車で運び、11時に搾った「中取り」は新幹線で運んだという。
「11時に搾った中取りが、会場に到着したのは15時半過ぎてしまいましたが、お客さんや中田さんから『搾った時間による違いがわかって、楽しかった』と言ってもらえて、やった!と思いました。現場はめちゃくちゃ大変でしたけどね」。
7%精米歩合の「残響Super7おりがらみ」は720ml3万3000円の高額商品で、CRAFT SAKE WEEKにおける JCSCの値付けは21コイン。数年前に初めて出品したときは、これほどコイン枚数の多い酒は出品されていなかったので、「注文する人はいないのでは?」と、周囲の蔵元たちから心配されたという。
「ところが大方の予測に反して注文が入った。そのときに、ほかの蔵元たちが一斉に拍手してくれたんです。そこで翌年からは、売れた時に、バックヤードにいるスタッフにもわかるように、ハンドベルを鳴らした。商店の抽選会などでカンカン鳴らす、あれです。すると大ウケでね。いまでは伯楽星のベルは“季節の恒例行事”みたいになりました」。
さらに去年から、0.85%精米の「零響 Absolute0」を出品。500ml38万5000円の超高額商品で、200コインと値付けされた。「注文があっても数杯なのでは?」と、今度は中田さんも心配してくれそうだが、何十杯もの(数は内緒だそうだ)注文があり、3人のスタッフで盛大にベルを鳴らし、大いに盛り上がったという。
「音を出すことは基本的にはNG。でも中田さんは、エンタメ性を考えた僕の意図をわかってくださって、黙認してくれている。お客様に愉しんでもらうことを第一に、周りに配慮しながら行動してほしい、ということなのでしょう。チャレンジしたおかげで去年のランキングは、単品もトータルも、上位でしたよ。順位は内緒ですが、ちょっと“王者”を本気にさせたかな。王者、どの蔵のことか、わかりますよね」
新澤さんの言う王者は、人気の高さや圧倒的な行列の長さから言って、「十四代」のことを指しているのだろう。
そこで、「十四代」の蔵元杜氏で、初年度から参加する高木酒造十五代目の高木辰五郎さんに、ランキングがフィードバックされることについて、考えを聞いてみた。
「コインの枚数や順位がフィードバックされるのは、蔵元の刺激になっていると思いますよ。枚数が出ないと、なぜ出ないのか考えるきっかけになりますからね。途中完売を防止するJCSC側の戦略もあるんじゃないかな。初期の頃は早々と売り切って、完売御礼、と表示する蔵がけっこうありました。途中で完売すると蔵元としては気持ちいいし、早く売り切れた!と優越感を持ってしまいがち。でもお客さんのためを思ったら、途中で品切れしないほうがいいですよね? その点、ランキングが出ると、途中で品切れしないように、たくさんの本数を提供しよう思うのが蔵元の心理。いろいろな面で考え抜かれたデータだと思います。データの効果もあって、各蔵が出品する酒を厳選し、準備する本数を前にも増して真剣に考えるようになっていると思います。十四代の順位は毎年、ダントツのトップか、って? ギリギリですけどね」
と、謙虚な中にも、人気を牽引する王者の貫禄を感じるコメントをくれた。

一方で、「十四代」と同様に、毎年、長い行列ができる「而今(じこん)」木屋正酒造(三重県)蔵元杜氏の大西唯克さんは、
「僕は、ランキングはまったく気にしていません。蔵元はもっとマーケティングやブランディングを考えなさい、という“世界のナカタ”のお考えで、データを送ってくれているのだと思います。ビジネス面では役に立つデータだと思いますが、僕はここで会うお客様の声や表情を大事にしたい。3年前に初めて限定酒としてスパークリングを出したら、お客さんはとても喜んでくれたんです。そこで、毎年、僕に会うために来ると言って列に並んでくれるお客さまへの感謝を込めて、今年は3種類、すべて限定酒にしました。酒未来火入れ、雄町にごり酒 生、純米大吟醸NABARIとバラエティーも考えて選んだつもり」と言う。
蔵元によって、データの受けとめ方は、それぞれなのだ。
12年前に全国デビューし、主に西日本にファンが多いが、すぐれた食中酒として東京でも人気急上昇中の「若波」若波酒造(福岡県)製造統括の今村友香さんは、「ランキングは関東圏での知名度を確認する参考になる」と言う。
「東京のイベントは、定番酒を知ってもらいたいというスタンスなので、当面は、定番酒とシュワシュワ系と限定酒の3種で行くと思います。価格面では、JCSCさんの決めたコイン数の値付けがびっくりするほど高くて、売れるのかな?と心配したお酒が一番売れたり。この値段でもお客様は求めてくださるんだ!という発見がありました。SNSでは値付けが高いという声も目にしますが、来場している方は、六本木ヒルズのこの空間で楽しめるなら妥当、と思ってくださっている方が多いことも感じています」と、丁寧なコメントをくれた。
改めて中田さんに、データをフィードバックする意図について尋ねると、
「詳細なデータは送っていますが、それを見て、何かを変える蔵、変えない蔵があっていい。それは僕がとやかく言う事ではありません。データは、立ち位置を冷静に捉え、自分の足りないところに気が付くために生かしてくれたらいい。今後の商品開発や価格設定、戦略を立てる参考になれば、と考え、毎年工夫を凝らしていますし、精度も上げているつもりです。このイベントを、蔵元さんたちが日本酒の魅力を伝え、価値を上げるきっかけにして、日本酒業界全体を盛り上げてほしいと思っています」


※文中の高木辰五郎さんのお名前の漢字「高」は、正しくは“はしごだか”です。ブラウザ上で正しく表示されない可能性があるために「高」と表示しています。
文:山同敦子 撮影:伊藤菜々子