公邸料理人を訪ねて
YouTube動画「公邸料理人を訪ねて~在ルーマニア日本国大使館編~」がリリース。ブカレストで奮闘する料理人の舞台裏に密着!

YouTube動画「公邸料理人を訪ねて~在ルーマニア日本国大使館編~」がリリース。ブカレストで奮闘する料理人の舞台裏に密着!

世界を舞台に料理で日本の外交を支える「公邸料理人」。今回は、なんと、在ルーマニア日本国大使館で活躍する深瀬健さんのリアルな一日に密着しました。前後編の前編では、駐ルーマニア大使が主宰する会食当日の朝の買い出しから調理の舞台裏まで、日々、奮闘するプロフェッショナルのありのままの姿をお届けします。

状況に合わせて自らが切り開く、マニュアルのない世界

まだ冷え込む少し前、仲秋のルーマニア。私たちは、その首都ブカレストにある日本国大使館で働く公邸料理人、深瀬健さんを訪ねました。「食の外交官」とも称されるこの職業の、リアルな働き方に密着するためです。

これまでも世界230カ所以上の在外公館で奮闘する料理人たちの働き方について紹介してきました。一つ前の動画では、西アフリカのブルキナ・ファソやスイスを歴任している公邸料理人と中東、南米、ウクライナを経験した元公邸料理人の対談を紹介しています。

シェフたちから聞いたその経験は、一つとして同じものはありませんでした。赴任したその土地で、その人なりのやり方を模索していかねばならないのです。では、実際どのような働き方をしているのか。日本人にとってまだ馴染みが深いとは言えない東欧の地で、自らの道を切り拓く深瀬さんの、とある会食の一日を追わせてもらいました。

深瀬健さん
在ルーマニア大使館、公邸料理人の深瀬健さん。1990年生まれの35歳。京都の調理師学校を卒業後、いくつかのレストランを経て、2024年より現職。趣味はゲーム。

会食の日は、買い出しから始まる。まずは、現地最大の市場へ

卸市場
ルーマニアでも最大規模の市場、オボル市場。建物の中、そして屋外にもテントが設置され、ところせましと生鮮食品があふれる。深瀬さんはここで野菜、フルーツなどの生鮮食品を主に購入。
卸市場
オボル市場の1階。色とりどりの野菜、フルーツ、乾物、そして牛乳、蜂蜜など。賑わう市場の中を、深瀬さんは慣れた足取りで買い出しを進めていく。
卸市場
オボル市場屋内2階には、精肉店が多く並ぶ。日本でなじみのものから、あまり見かけない七面鳥の肉、内臓なども。ハム、サラミといった加工肉も豊富。

会食当日の朝、まず深瀬さんが向かったのは、300年の歴史を持つルーマニア国内最大級の「オボル市場」です。東京ドームの半分以上の広さを誇る敷地には、色鮮やかな野菜や果物、チーズ、そして黒海から届いた魚が並びます。ここで印象的だったのは、大使館チームのチームワークの良さ。深瀬さんが英語で伝えたことを、現地スタッフのティティアナさんがルーマニア語で市場の人々へ繋ぎ、テンポよく仕入れをしていきます。日本大使館勤務28年というベテランのティティアナさんは、日本ではあまり見かけない現地の食材の使い方なども助言してくれます。まるでルーマニアのお母さんのような頼もしい存在。なじみのドライバーも同行します。赴任される料理人は一名ですが(※国によっては複数のケースもあり)、慣れない地でも作業がスムーズに行えるよう、他の大使館員や現地スタッフが力になってくれているのです。

ルーマニアの名産品の一つが蜂蜜。アカシア、菜の花といった日本でも見覚えのあるものから、コリアンダー、菩提樹、ひまわりなど珍しい花の蜜も。
色合い、テクスチャーなどかなり個性的な蜂蜜が並ぶ中から、今日の料理に合うものを吟味する深瀬さん。本日は菩提樹の蜂蜜をお買い上げ。
ぶどうの収穫の時季だけ登場する、ムストの販売所。ムストとはワインになる前のぶどうジュース。糖度が非常に高く、そのまま常温で置いておくと1日で発酵がはじまる。甘いだけではなくミネラル、旨味もたっぷりで美味。

野菜、果物などのほかにルーマニア名産の蜂蜜や、この時季しか味わえない貴重な「ムスト(ワインになる前のぶどうジュース)」などを購入。市場で買うものが終わったら、車に乗り込んで移動します。日本食に欠かせない食材や調味料を求め、アジア食料品店、そしてプロ御用達の巨大スーパー「METRO」へも回ります。3軒回ったところで、昼よりちょっと前くらいの時間に。異国の地で心を打つ和食を準備するために、手に入る最高の食材を揃えた後は、日本大使公邸内の厨房へと急ぎます。

アジア食料品店では、通常日本ではなじみの調味料や、ヨーロッパではなかなか使われることの少ない生のれんこんなどを入手。れんこんを使った碗は、片江学巳駐ルーマニア日本国特命全権大使もお気に入りでリクエストの多い一品。
こちらは会員制で現地のプロの料理人も御用達のスーパー。ここにも普段なかなか市場では見かけない品種の野菜やグレードの高いワイン、そして日本から輸入された和牛などもてなしには欠かせない素材がそろう。

ルーマニア大使公邸は、ルーマニア1の和食料理店である

買い出しから戻った深瀬さんは、手際よく仕込みに入りました。本日つくるのは、和食のコース。料理に合わせてどんなお酒を出すか、深瀬さんは日本酒、ワインについてはサービス係のアンドレイさんと相談します。ときには緊張感のある交渉を伴う会食が行われますが、厨房はいつも和やか。ティティアナさん、アンドレイさん、そしてアニショアラさんらスタッフはそれが「深瀬さんの人柄によるところが大きい」と話します。会食の成功を願う仲間として真剣な勝負をしていることは当然ながら、一歩裏に入れば茶目っ気たっぷりに言葉を交わすスタッフたちの姿からは、互いへの信頼が伺えました。
さあ、いよいよ会食がスタート。片江大使が玄関でゲストを迎え入れ、まずはサロンで談笑。頃合いを見て、ダイニングの扉が開きます。

買い出しに行って手に入れてきた素材を手際よく料理に仕立てていく深瀬さん。仕上げの1歩手前まで仕上げておく。
サーブするのはルーマニア人のスタッフ。その日のゲストの食べる速さを見極め、深瀬さんに次の料理をおよそ何分後に出せばいいか指示をくれる。

本日のゲストは、ブカレストの大学などで日本文化を研究する面々。訪れるゲストの空腹を満たすだけでなく、食を通じて日本のファンを増やし、文化の懸け橋となってもらうのも大事な役割です。深瀬さんは、事前に片江大使とゲストの情報を細かく共有します。和食に精通した方なのか、お箸に慣れている人か。そして、大使館を訪問するのが初めてなのか、過去に深瀬さんの料理を口にしたことがある人なのか。それぞれのゲストの背景を知り、その人に合った献立を提案します。

今回のゲストは、ルーマニアで日本文化を研究、啓蒙しているメンバー。片江大使は「日本の文化をルーマニア人にもっと知ってもらいたい、また、日本人にももっとルーマニアのことを知ってほしい」と語る。
日本食やお箸にも慣れた様子のゲスト。日本食が初めてのゲストには、箸を使わなくてもいいようにフォークやナイフを出すなど配慮を行う。

多い時には週に4、5回の会食を仕切るという深瀬さんは、淀みのない動きで次々と料理を仕上げていきます。和食を知ってもらうためにオーソドックスな和の料理を出すこともあれば、中には、現地の食材と日本の技が調和した、ここでしか味わえない料理を出すことも。例えば、ルーマニアの郷土料理として有名な「サルマーレ」。ロールキャベツに似たこの料理を、見た目はそのままに和食へと昇華させた「日羅融合」の一皿に仕立てたものは深瀬さんのスペシャリテの一つです。また、ここぞという場面では日本から輸入された和牛を出し、日本の食材のレベルの高さをさりげなくアピールすることもあります。

このように食べる相手を想い、丁寧につくられた料理は評判を呼び、「日本大使公邸に招かれること=おいしい和食が食べられる」というイメージも定着しています。世界的にブームとなっている和食を、ルーマニアで一番おいしく食べられるのは大使公邸。そう称されるのは、深瀬さんが外交の一翼を担っている証といえるでしょう。

また別の日の会食終了後、ゲストに挨拶をする深瀬さん。この日のゲストは訪日したばかりの元文化大臣と元大統領報道官という、現地でも広く知られる著名なご夫妻であり、それぞれの分野でキャリアを極めた国際経験豊かな賓客だったが、深瀬さんの料理に大いに満足した様子だった。

宴の締めくくりには、深瀬さんはゲストの元へ挨拶に伺います。「ここで大使、そしてゲストの笑顔を見ることが、公邸料理人として、そして一人の料理人としての生きがいを一番感じられる瞬間」と深瀬さん。他にも、異国の地で日本を背負う当事者だからこそ語れるリアルな深瀬さんの生の言葉がたくさん出てきます。ぜひ動画でご確認ください。

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文:杉下春子(dancyu編集部) 写真:近藤俊介

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