心ふるえる酒2026
【人に教えたくなる酒】飲めば景色が浮かび上がる。出雲の"営み"を閉じ込めた「天穏」(島根県)

【人に教えたくなる酒】飲めば景色が浮かび上がる。出雲の"営み"を閉じ込めた「天穏」(島根県)

2026年日本酒dancyu「出会えてよかった!心ふるえる酒」特集では、dancyuを長年支えてくれている酒のプロや愛飲家の皆様に、個人的な推し酒をジャンルレスに聞いてみました。いずれも「ぜひ飲んでみて!」と推薦者が熱く語ってしまうチャーミングな酒ばかり。今回は、湯川怜奈さん(燗つけ師)の偏愛酒、「天穏」をご紹介します。

燗にすると、出雲の空気や祈りを感じられる

蒲田の日本料理店で板前をしていた頃、大将のお椀に合わせて私が選んでいたのが「天穏」でした。華やかさや強さではなく、静けさと、きれいな味わいの奥に造り手の気配を感じる。今思い返すと、大将がひく繊細なおだしと「天穏」の波長が合っていたのだと思います。

「天穏」は燗にすることで、より料理に寄り添うようになると思ったのもこの頃。そこから燗酒と料理を合わせることの面白さに目覚めた私は、後に燗酒ペアリングの専門店である「高崎のおかん」で働くことになります。そういう意味では、私の原点とも言えるお酒です。

無窮天穏
「酒とは人々の祈りが込められた御神酒であり、酌み交わすことで縁起が生まれる」。そんな小島達也杜氏の思想を体現するのが「無窮天穏」シリーズ。清らかで静かな味わいは、3日間をかけて造る突き破精(はぜ)麹、酵母・乳酸菌無添加の生酛、低温でじっくりと醸す山陰吟醸造りの三つが合わさることで生まれる。左から順に「無窮天穏」720mL 2,200円、「齋香(さけ)」同3,300円、「天頂(てっぺん)」同5,500円。

酒の中に出雲の“営み”が滲んでいる

「天穏」のお酒を飲むと、出雲で生きてきた人々の歴史や記憶を感じます。杜氏の小島達也さんは酒造りについて「日本酒には稲作や祭りなど、自然と人とのつながりが息づいている。今ここにある自然や人の“営み”を利用して酒にすることで、この酒が過去と未来を結ぶ、万物の共通言語になる」と語ります。

板倉酒造の小島達也杜氏
板倉酒造の小島達也杜氏

小島杜氏の言葉が腑に落ちたのは、実際に出雲を訪れて、さまざまな景色を目の当たりにしたときでした。日御碕(ひのみさき)の海に浮かぶ経島(ふみしま)の鳥居を見て、過去にここで生きていた人々の存在を感じ、彼らが目に見えないものとつながろうとしてきた歴史を尊く思いました。

同時に、自分が今こうして日本酒を楽しめるのも、文化を引き継いでくれた人や、土や水といった自然の営みがあるからなんだと気がついた。出雲の景色と、小島杜氏が「天穏」に込めているもの、過去と現在が、一本の線になった瞬間でした。そのとき、私もこの線の延長線上にいる者として、燗酒という文化を未来に伝えていきたいと強く思ったのでした。

日御碕神社
日御碕神社

忙しい東京にいると、あの日に感じたことをつい忘れてしまいます。でも「天穏」を燗にして飲めば、その熱の中に出雲の空気や、人々の祈りがふわりと浮かび上がり、胸に戻ってくるような感覚があります。皆さんにもきっと、出雲の営みを感じていただけると思います。

2月5日発売! 日本酒dancyu vol.3
2月5日発売!日本酒dancyu vol.3
日本酒dancyu vol.3「出会えてよかった!心ふるえる酒」特集、好評発売中!酒のプロや愛飲家が個人的に惚れ込みつい熱く語ってしまう「人に教えたくなる酒」ほか、2026年に飲んでおくべき日本酒がわかる、とっておきの情報をお届けします。

A4変型判(160頁)
2026年2月5日発売/1,800円(税込)

※「高崎のおかん」の漢字「高」は、正しくは“はしごだか”です。ネット上で正しく表示されない可能性があるため、「高」と表示しています。

構成:井上麻子 撮影:斎藤大地

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