
2026年日本酒dancyu「出会えてよかった!心ふるえる酒」特集では、dancyuを長年支えてくれている酒のプロや愛飲家の皆様に、個人的な推し酒をジャンルレスに聞いてみました。いずれも「ぜひ飲んでみて!」と推薦者が熱く語ってしまうチャーミングな酒ばかり。今回は、山内聖子さん(呑む文筆家・唎酒師)の偏愛酒、「獅子の里」をご紹介します。
私の日本酒歴は、約23年前に飲んだ「獅子の里」の大吟醸から始まった。心を打たれたのは無垢な透明感。世の中にはこんなに透き通った旨い飲み物があるのだとのけぞったことを思い出す。この驚きが動機となり日本酒を書くライターの道へ進むのだが、実はそれを公言したのは近年のことで、ずっとひた隠しにしていた。
「獅子の里」のおいしさを語るには“透明”という以外にわかりやすい言葉が見つからず、誰かに伝えても「淡麗辛口ってこと?」と誤解されるのがもどかしかった。自分の人生を変えた“恩酒”なのに、酒の魅力を十分に伝える言葉を持たない自分の語彙力のなさにも落胆。だからこそ、「獅子の里」を熱心に語れば語るほど“嘘っぽく”なるような気がして、銘柄を口にするのを躊躇していたのだ。
それに思い出の味を美化している可能性も否定できず、しかも気がつけば大吟醸は製造停止。現物もなければ説得力に欠けるだろう。でも、「獅子の里」は飲むたびにそんな私のちっぽけな意地をとかしてくれた。大吟醸はなくても、たとえば現在の純米吟醸にも無垢な透明感はにじみ出る。ちょうど起承転結の中間みたいなのびやかな部分が、ハッとするほど透明なのだ。ほかにないこの不思議な透明感は、味が複雑に多様化していく日本酒の中で静かに灯り続ける。「獅子の里」はずっとささやかに、透明でいてくれた。


文:山内聖子 撮影:三浦英絵、大志摩 徹