
水と塩。私たちの体にとって欠かせないもの。日々自然と口にしてはいますが、体に優しい上手な摂り方って、ご存知ですか?食いしん坊倶楽部メンバーで医師の平松玄太郎さんに、暑い夏を健やかに過ごすための理想的な水分補給を教わりました。
汗をかくと、水分だけでなく塩分も失われます。水道水やミネラルウォーターだけを飲み続けると、体内の塩分濃度がだんだん低くなり、意識障害を引き起こす原因になります。何も飲まないよりはまだましなのですが、血液中の塩分濃度の偏移はギリギリになるまで体感でわかるはずもなく、勧められた対処法ではありません。
ちなみに、時折「ミネラルウォーターに含まれているミネラル分は役に立たないのか?」というご質問をいただくことがあります。塩分もミネラルの一種ではありますが、名称でいうと“ナトリウム”になります。ミネラルウォーターに入っているミネラルはカルシウムやマグネシウムを指しており、残念ながら補給すべき成分の該当外となります。
こうした有事の際に最も推奨される飲料水は、いわゆるスポーツドリンクです。ナトリウムが含まれているので、水分と塩分を同時に補えます。いま、メーカー各所からいろいろな種類のスポーツドリンクが市販されていますが……ここで、スポーツドリンクの豆知識を少し。
“カラダ・バランス飲料”とのキャッチコピーで大手から発売されたあの飲料水にはナトリウムが含まれていません。もともとは「余分な脂肪分や糖分などを排出させる」といったことを売りにして生まれた商品だからなのですが、見た目はスポーツドリンクなので注意が必要です。開発事業部の方のインタビュー記事によると、熱中症対策のためには塩分補充が大切という周知が浸透して以降は、後発品として、ナトリウムを含有する“緑のそれ”も発売するようになったそうです。
もう1つ、某大手から少し高い値段で販売されている、アルファベットと数字が組み合わさった名称の、あの飲料水について。元々は胃腸炎などで下痢や嘔吐がひどい人に向けてつくられたもので、下痢や嘔吐では一気に大量の水分と塩分が失われるので、それを補うために一般的なスポーツドリンクの2倍以上の塩分が含まれています。
発汗による水分やミネラルの喪失速度は下痢や嘔吐に比べて緩やかなので、まだそこまで塩分を失っていない人や、持病の関係で塩分制限がある人にとっては、塩分の摂取過多になってしまう可能性があります。
糖分含有量が少なく、飲料としておいしいわけではないため「これを飲んでも美味しいと思えたら脱水になってるんだよ」なんて話も聞きますが、主観で評価するのは甚だ不確か。あまり推奨できません。脱水症状になりかかっているかを確認するのに、オススメは「尿が出ているかどうか。または出ていても色の濃い尿になっていないか」を指標にするとよいでしょう。
「適切で効果的な水分と塩分の摂取」については、皮肉にも?食いしん坊ほど誤解している人が少なくないかもしれません。たとえば、酒好きの人から「水分摂取はビールやお酒で。たくさん飲んでいるから大丈夫」という声を聞くことがあります。アルコール飲料は何となく水分が摂れている気になるかもしれませんが、熱中症の予防としては最も縁遠いものです。まずアルコールには利尿作用があります。さらにアルコールを体内で分解する過程で水分を必要とするので、水分として体内に入った量のうち一部が相殺されて、吸収量はさらに減ります。
ビールに関していうと、中に含まれるホップにも利尿作用があるので、もうトリプルパンチです。「1リットルのビールを飲むと、1.1リットルの水を失う」と言われる所以はこういった理由によります。サウナで汗をかいた後に飲むビールは気分的には整っているかもしれませんが、体にとっては、実は何一つ整えられていないのです。
お茶やコーヒーはどうでしょう。残念ながらナトリウムはほとんど含まれておらず、それどころか利尿作用のあるカフェインが含まれるので、せっかく水分を摂取しても一部が薬理作用の影響で尿として失われてしまうのでやはり推奨はできません。日本人はスポーツドリンクよりもお茶を好む方が多いので、普段の習慣に流されないようにする必要があります。
また、果物には水分が多く含まれているので良いとか、栄養バランスの取れた食事が予防につながるとか、様々な記事が散見されますが、日よけをするなどして体温を下げたり、しかるべき時に適切な水分を摂る方が影響は大きいと考えます。
日本人は点滴がダイスキなのか、ちょっとした夏バテでも「点滴希望で来ました」という方が、救急外来によくいらっしゃいます。
点滴というのは一般的には20~100ml/h程度で投与されます。本当に具合の悪い人はこの限りではありませんが、少なくとも自分の足で病院まで来ることができる方には、これくらいの速度です。これは、言い換えれば、おおよそ日本酒をお猪口で飲むくらいの速度で水分を摂るようなものです。それだったらペットボトル1本をガブッと飲んだ方が早いと思いませんか?
水分を口から飲んでも直接血管内に投与しても結果は同じです。点滴をしたら元気になった感じがするのは常温の液体を血管内に入れることで、37~38℃程度に上がった体温が平常温に下がるからです。
熱帯夜の中、わざわざ足を運んで救急にかかって点滴を打ってもらうより、家で冷ためのシャワーを浴びてペットボトルを飲んだ方が早いし良い、ということですね。コスパもタイパも優れています。これは熱中症に限った話ではないので、ぜひ知っておいていただきたいです。
気温が高い日に外に出るのは億劫ですが、適切な予防に努め、適切な対処さえ知っておけば熱中症のリスクは必ず下げられ、楽しく夏を過ごすことができます。元気な状態で夜を迎え、美味しい料理や旨い酒に舌鼓を打ち、グルメを満喫してください。
埼玉医科大学卒業、同大学総合医療センター 高度救命救急センター所属、同センターにて災害医長を担当。救急・集中治療専門医としてER・ICU・災害医療を生業とする傍ら、訪問診療・産業医・レースドクターなどにも従事。
文:林 律子 写真=iStock.com/rawintanpin/Wako Megumi