
福岡は美味凝縮の街。店舗数は多くジャンルは広く、いざ、飲まん!となれば迷いは尽きない。そんななかで旨し餃子とともに満ち足りたひとときをもたらしくれるのが、博多駅前の「旭軒 本店」だ。餃子は小ぶりながら、おいしさみっちり。ひとり飲みでもぱくぱくぱくぱく、ビールは進む進む……。
福岡の玄関口である博多駅は、駅ビルや隣接する商業ビルに数多の飲食店がひしめく。選択肢は限りなくあり、外に出なくてもハシゴ酒だって楽々できてしまう。それでもなお、徒歩3分の道のりをぜひ歩いてほしい。創業昭和29年、屋台の時代から地元の方たちが贔屓にしてきた餃子専門店「旭軒 本店」を目指していただきたいのだ。営業時間は、15時から深夜まで。夜のスタート、あるいは締めに、はたまたタイミングが合えば、福岡を離れる時間が早めであっても名残の一杯を楽しめる。
メニューはA4大の紙一枚におさまる、実にシンプルな仕立て。料理は主役の焼餃子、水餃子に加え、つまみとなる小鉢3種と手羽先、アルコール類はビール、芋・麦焼酎、日本酒、ハイボール、レモンサワーが揃う。餃子はご飯とタッグを組むのが定番の地域は全国的に見られるし、実際、旭軒にもご飯と味噌汁があるが、九州では全般的に飯の友よりも酒の友という意識が強く、夜のみ営業の餃子専門店も少なくない。というわけで太陽が照る時間であってもなくても、迷うことなく餃子とビールで幕を開けたい。
焼・水ともに、「一人前(十個)」。メニューに記されたその数には身構えるかもしれないが、福岡の餃子はひと口サイズが基本で、なかでもこの店ではおとなの親指大と小さめ。周囲を見渡せば皆、老若男女にかかわらずごくふつうに2~3人前を頼む様子に気づくはずだ。筆者(大食らい)は、焼・水、併せて毎回3~5人前平らげるが、少食の方でもおそらく10個は軽いはずなので、できれば2人前からスタートを。ボリュームがある分、目の前に運ばれたときの幸せ度数は高まるのだ。
愛らしいとでも表現したいくらい小粒な餃子の具は、合い挽き肉、キャベツ、玉ネギが要。こんがり焼けた極薄の皮はさくっと小気味よい食感で魅せ、その直後にほろほろほろりとろり。口中でとろけながら、肉や野菜の旨味と一つになる瞬間がたまらない。後味がいたって軽快な上、添えられた手切りの千切りキャベツが、気分をすっきりリセットして先へと促す。もっちりふんわりの水餃子なら、皮のとろけ具合がさらに加速してとろとろとろり。するりと気持ち良く喉を通り過ぎていく。これはもう、飲み物ですね。ともに感動は大きく、次から次へと手が延びる。なので、皿はすぐに空になる。
薬味は赤唐辛子の柚子胡椒。穏やかな辛さのなかで柚子のすっきり感が立ち、ビールを強力に呼ぶからおかわり必至。そのままビールの一本道を突き進んでもいいが、この柚子胡椒はほんのり甘味がふくらむまろやかな焼酎とも絶妙なチームプレーを見せる。喉が潤った後、切り替えもまた愉快なのだ。
ムチムチッとはずむ歯応えの酢モツもまた、焼酎のアテとして抜群によかよか。加えて、カウンターの大皿に積まれた手羽先も逃せない。醤油だれに10時間以上漬け込んでから低温でゆっくりじっくり揚げる、手間暇をかけたこの一品も旭軒の名物なのだ。皮と身はしっとりしなやかに一体化し、旨味は骨の際までしみわたり、静かに、しかしながら確実に心を奪っていく。もう1本、もう1本と欲望がふくらみ、皿に並ぶ骨は増えていく。
広い店内にはカウンター席とテーブル席があり、どちらもひとりでゆるりと過ごせるが、初めてなら焼き台が見えるカウンター席が好奇心を刺激する。餃子、手羽先ともに持ち帰り用を求めに来る客がひっきりなしに訪れ、大量買いが見てとれる大きな袋にも目が釘付けになるだろう。餃子の具に合い挽き肉を使うのは、冷めてもかたくなりにくいとの理由から。すなわち、テイクアウトでも旨いことに変わりなく、土産にするのもおすすめだ。
口福に加えて喜ばしいのは、ビールの大瓶以外はワンコイン以下という、財布がうれし涙を流す価格。
「おいしくて安いのが一番。どげんおいしかろうが、高かったらお客さんが納得せん」とは、2代目の松尾秀雄さん。仕込みは朝8時から始まり、平日は約4,500個、週末なら約5,500個と、膨大な数の餃子が多くの人の腹を幸せで満たす。夜更けまで客足は途絶えることなく、ときには行列もできるが、それでも待つ甲斐あり。
夕刻までは割合、席を確保しやすく、その頃を狙って立ち寄るのもいい。博多駅近くということは、地下鉄を経て向かう空港までもアクセスはいい(タクシーなら約10分)。ぎりぎりまで旅を満喫できるのはとても素敵なのだが、便利なロケーションはおかわりを重ねてご機嫌になったのんべえの気を大きくし、もうひと皿、もう1杯いけるかもとなる可能性がある。出発時間が迫る場合は、こまめな時計のチェックをくれぐれも忘れずに。とはいえ、一度食べたら忘れられなくなる、ウマか餃子を心ゆくまで味わってほしい。
文:山内史子 写真:松隈直樹