
dancyu食いしん坊倶楽部のアンケートをもとに、スペーシア Xで販売するためのビールを、東武鉄道×コエドブルワリー×dancyuのコラボレーションでつくろうというプロジェクトが始まりました。企画会議から完成するまで、ビールづくりの軌跡をweb記事にて公開中。第二弾となる今回は、いよいよ実際にビールを醸造する現場をレポートします。
前回の「企画会議編」では、実際にビールが提供されるスペーシア Xに3社の代表が乗車し、どんなビールをつくるか作戦会議をした様子をご紹介しました。会議で決定したのは、「旅先の土地を感じられる」「つまみと一緒に」「ちびちびと飲みたくなる」といった、スペーシア Xで飲みたい理想のビールの要素。具体的には、車内のカフェカウンター「GOEN CAFÉ SPACIA X」で人気のおつまみに合う白ビールや黒ビール、日光の山椒を使ったビール、紅葉を想像させるレッドエールなどのアイデアが提案されました。
そんな会議の結果を、醸造を担当するコエドブルワリーで検討した結果、採用されたのは「車窓からの景色にリンクするような、杉の香りを取り入れたエールビール」。というのも、スペーシア Xの終着点である日光と、コエドブルワリーの本拠地である川越の共通点といえば、江戸幕府初代将軍である徳川家康から始まる江戸文化。そしてその象徴は、江戸時代から日光と東京をつなぐ日光杉並木街道です。スペーシア Xの車窓に映る杉並木は、旅の目的地、日光が近づいていることを感じさせます。そんな車窓からの景色にリンクする、杉の香りのビールがスペーシア Xにぴったりだと、満場一致で選ばれたのでした。
コラボビールが醸造されるのは、小江戸・川越にあるレストランを併設したブルワリーと醸造所「COEDO BREWERY THE RESTAURANT」。
もうもうと湯気が上がるステンレスタンクの横で、醸造家の伊藤光弥さんと染谷知良さんが出迎えてくれました。
「今回のビールは、主役にならないビールです(笑)。旅の主役はあくまでも風景やワクワク感ですから、それを盛り上げるようなビールをつくりたいと思っています」と伊藤さん。
ビールの原料は麦芽とホップ、酵母、水ですが、今回、注目したいのは杉の香りをつけるホップと杉材。
「今回使うのは、樹脂や柑橘の香りがする『シムコ』と、アーシーな香りがする『ハラタウ・ミッテルフリュー』という2種類です。さらに苦味をつけるために、『パト』というホップもプラスします」
そして日光の「田村材木店」にオーダーした、日光産の杉のフレッシュなチップも重要な原料です。
「田村さん曰く、杉は外側の白い部分より赤い心材のほうが香りは強いので、精油の抽出などに使われるのは心材だそうです。今回のビールには香りが強くなりすぎないよう、外側と内側のチップをブレンドして使用します」
ビールづくりはまず、発芽した麦芽(モルト)を砕き、温水と混ぜ合わせて糖化させるマッシングという作業から始まります。糖があることで発酵が可能になるのです。次に75℃ほどの湯を注いでからろ過する作業を3回繰り返すことで、モルトの糖分を余すことなく抽出します。
ろ過して麦芽粕を取り除いた麦汁は、まだアルコールも炭酸もない甘い汁の状態です。これを煮沸してモルトのオフフレイバーを取り除き、殺菌します。次にワールプールという工程でホップを加えてビール特有の風味をつけますが、ここで今回は杉チップも投入。
ぐるぐると渦を巻いている麦汁の中心に集まったホップなどの固形物を取り除き、麦汁を冷ましてから発酵タンクへ移送し、酵母を加えます。酵母は発酵によってアルコールや炭酸ガスを生成する重要な真菌で、主にピルスナーなどのドライな味をつくるラガー酵母(下面発酵酵母)と、ペールエールやIPAなどの香り高いビールをつくるエール酵母(上面発酵酵母)に分類されます。今回は香りを引き立たせるためエール酵母を選択しました。
「今回のコラボビールは旅の始まりや朝の乗車時間にも楽しめるよう、アルコール度数は4~4.5%と控えめにしています。その分、味が薄くなりがちなので、フルーティーな酵母を使うことで複雑な奥行きのある味わいを出したいと思います」
ここでようやく、早朝から取り掛かっていた作業は一段落。発酵タンクに移し、数日間置いて発酵させます。酵母が麦汁の糖分をアルコールと炭酸ガスに分解することで、微発泡状態の酒となるのです。
「発酵後、熟成させますが、再び杉チップをメッシュバッグに入れて加えることで、杉の香りを抽出します。初めての試みで香りのなじみ方が予測できないので、毎日、テイスティングしながら杉チップを引き上げるタイミングを計ります」と伊藤さん。
醸造家の方々は、作業中はタンクにつきっきりなうえ、熟成期間中も毎日チェックをする必要があるので気を抜くことはできません。こうして丁寧に情熱を込めてつくりあげたコラボビールは、いったいどんな味わいになったのでしょうか。
次回最終回となるコラボレーションビールづくりのレポート第三弾では、再び東武鉄道の小金井部長、醸造を手がけるコエドブルワリーの朝霧社長、dancyu副編集長の杉下が登場し、試飲を行います。乞うご期待!
文:藤井志織 撮影:赤澤昂宥