男たちのドーナツと秘密のレシピ｜映画『ファーストカウ』

1820年代の西部開拓時代、米国オレゴンが舞台。男たちが一攫千金を夢見て未開の地にやって来る。クッキー（ジョン・マガロ）と中国人移民キング・ルー（オリオン・リー）も、たまたまこの地で出会った。

クッキーはかつてボストンのパン屋で働いていた料理人。罠猟グループに雇われたが、心優しい性格が災いしあらくれ男たちからぞんざいに扱われている。一方キング・ルーは不運なアクシデントでロシア人に追われる身の上。不遇な二人は自然と互いに助け合うようになる。

森と川に囲まれた大自然の中で、アメリカンドリームを求めうごめく男たち。そんな中で心を通わせていくクッキーとキング・ルーは、あるビジネスを思いつく。クッキーの料理の腕前を生かし、ドーナツを作り市場で売るのだ。材料は小麦粉、砂糖、卵、塩、重曹など。これらは調達できそうだが難しいのはミルク。ここでは乳牛がとてつもなく貴重なのだ。

折しも土地の経済を握る金持ちの仲買商が、カリフォルニアから初めて牛を船で連れて来させたのが、話題になっていた。二人は大胆にもこの牛からミルクを盗もうと画策する。

夜陰に紛れミルクを絞るのはクッキーの役割。搾乳しながら優しく牛に話しかけるので、牛もおとなしくされるがまま。キング・ルーは木の上で見張り役を務める。こうしてこの土地で唯一の牛乳が、ドーナツの秘密のレシピとなった。

出来上がったドーナツをおそるおそる市場に並べてみると、驚くべき結果となった。たちまち注目を集め、食べた人はそのおいしさにさらにもう一つと所望する。最後の一つは奪い合いになり、値段がつり上がった。大成功だ。

想像以上の成り行きに、すっかり気をよくした二人。ドーナツづくりに精を出し、市場に日参するようになる。

市場ではまず地べたにシートを敷く。粉を溶いたドーナツのタネと、油の入った鍋を並べる。鍋にタネを落とすと、すぐに油の中でじゅわじゅわと音がはじける。まん丸のドーナツをレードルで掬い、揚げたてを細長い調理台の上に置く。細長い筒の中のはちみつをうまく絡められるように、溝のついたハニー・ディッパーをぐるぐる回しドーナツにたっぷり垂らす。シナモンの枝をおろし器で削り、その上からぱらぱらと振りかける。

揚げたてのドーナツと、はちみつとシナモンの香りが混ざり合い、食欲を刺激する。二人が到着する前から人々が列をなし、ドーナツが出来上がるのを待ち焦がれるようになっていく。濃厚な味わいが人々の胃袋と心を満たし、幸せそうな客たちを見てクッキーとキング・ルーも喜びでいっぱいになる。

なんといっても本物のミルクがたっぷり入っているのだから、一度食べればそのおいしさの虜になる。レシピを聞かれたキング・ルーは、「材料は秘密だ」とかわす。謎めいたレシピは人々の興味をくすぐり、ますます二人の懐は暖かくなり夢も膨らんでいく。

そんな雲行きが変わるのが、牛の持ち主の仲買商（トビー・ジョーンズ）が、彼らのドーナツのおいしさに気づいてしまったところから。
「ロンドンの味だ。驚いたな」
ドーナツを食べ、目を丸くする仲買商。舌の肥えた男をうならせるクッキーの腕前はやはり確かであったが、レシピの秘密がやがて彼らの命取りになってしまい……。

ドーナツはいまやアメリカ人にとって国民食のようなお菓子だが、そもそもヨーロッパから伝わったもの。移民が大陸に持ち込んで、その甘さや食べごたえ、愛らしい見た目が、人々を夢中にさせていった。この物語でも未来を夢見る者たちの心を満たし、作った男たちも幸福で満たすエピソードが心に残る。

クッキーとキング・ルーの行く末は明確に描かれていないが、冒頭のシーンが切ない結末を暗示してもいる。それゆえドーナツを待ち焦がれ嬉々として行列をなす男たちと、揚げたてのドーナツを生き生きと作り続けていた二人の幸せな時間を覚えていたいと思う。

汲田 亜紀子 （マーケティング・プランナー）

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。

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