映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第38回は異国の地で困難に直面しながらも力強く生きていく家族のお話です。
米国アーカンソー州の田舎で暮らす、韓国系移民家族の物語である。夫・ジェイコブ(スティーブン・ユァン)は農業での成功を夢見るが、妻・モニカ(ハン・イェリ)は不安でいっぱい。息子のデビッドには持病があり、育ち盛りの娘・アンもいて、トレーラーハウスの貧しい暮らしに希望が持てないでいる。そんな中、モニカの母・スンジャ(ユン・ヨジュン)が、子供たちの世話役として渡米してきた。
自由で気取りのないスンジャは、7歳のデビッドに花札を覚えさせようとして「おばあちゃんらしくない」と戸惑わせてしまったりするが、やがて家族と強い絆を結んでいく。1980年代のアメリカで、アジア系移民たちが必死に生きていく姿から目が離せなくなる作品だ。
とりわけ食事のシーンには、そんな彼らの生き方が象徴的に描かれ胸を打たれる。母国を遠く離れ、韓国人同士のつながりも希薄な地域。そこで貧しくつつましく暮らす家族が、初めて自宅に客人を招いた日のことだ。
夫婦と子供たち、そして不幸にも脳梗塞で手足が不自由になってしまった祖母・スンジャが、夫の農業を手伝ってくれているポールと食卓を囲む。モニカはスープを器に注いで皆に手渡したり、飲み物を用意したり、せわしなく立ち働く。テーブルには、チャプチェ、ナムル、チヂミなど、韓国家庭料理が容器に盛られている。彼らが食べているのはすべて母国料理で、アメリカに住んでいながら現地の食材や料理はひとつも無い。家族の食卓から、彼らの孤立が浮き彫りになる。そんなモニカたちが、日常食で精一杯のもてなしをしようとしている。
おかずの他には、キムチ、韓国味噌、そしてサンチュの葉っぱもある。夫は表情も変えずもくもくと、おかずを巻いたサンチュを口に入れている。唯一の白人・ポールは、器用とはいえない手つきで銀色の箸を操り、モニカの料理を口に運ぶ。彼は朝鮮戦争に派兵されていた退役軍人で、韓国に親しみを持つ隣人なのだ。家族にとって唯一の理解者と言っていい。彼ははにかんだ笑みを浮かべながら、四角くカットした薄焼きのチヂミや、大きな具材の入ったスープを一生懸命食べている。
目の前の器に入った白菜キムチを、ポールが箸でつまんだ。その瞬間、モニカがはっとした表情で「ごめんなさい」と、キムチの器を持ち上げ移動させようとした。韓国人の食卓に不可欠のキムチ。だがポールはその味わいを好まないだろうと思い込んだ、モニカなりの心遣いだった。
ところが、その瞬間ポールがこう言う。
「キムチを遠ざけないで。大好きなんだ」
その一言で食卓がぱっと明るい空気に包まれた。彼らのアイデンティティである食べ物を、「好きだ」と告げる言葉。それは彼らに対する親しみやリスペクトの表現に他ならない。
「食べると、汗をかくよ」と言いながら、ポールはハンカチで額の汗をぬぐう。モニカにもはじめて愛らしい笑顔が浮かび、笑い声がテーブルの上にこぼれた。
「初めてのお客さまよ」とモニカ。
「光栄だな」とポール。
ささやかな食卓が祝福されたものになった瞬間だった。
その後モニカたちには、さらなる厳しい現実が待ち受けているが……。しかしある春の日、青々としたセリの群生が現れる。祖母スンジャが、母国から持ち込んだ種を湿地に植えていたのだ。タイトルの「ミナリ」とは、この韓国の香味野菜「セリ」のこと。キムチと同様に、韓国料理に欠かせない食材の一つである。
スンジャの土地を見きわめる目は確かだった。それは祖母の強い願いでもあったのだろう。森の奥深く水の清らかな泉のほとりに育ち、細い茎にもじゃもじゃと黄緑色の葉を繁らせ、びっしり群生するミナリは美しい。そして夫は力強い手つきで、ミナリを刈り取っていく。
新たな土地でたくましく根を張り、ついに葉を繁らせたミナリ。それはモニカたちの姿にぴたりと重なる。ほんのり苦みのある野菜の味わいは、この土地に暮らす人々の腹を満たし、新たな活力を与えていくことになるだろう。
文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ