刺身より旨い干物をつくる!〜「島源商店」干物修業体験記〜
ブリの切り身も干物にできる!

ブリの切り身も干物にできる!

丸魚しか干物にできないかと思いきや、そんなことはない。買ってきた切り身だって、立派な干物になる。さばかなくていい分、うんと手軽だ。伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんに、切り身の干物づくりを指南してもらった。

切り身の魚は、調理前に水で洗うのが大原則

干物というとアジの開きをイメージする。でも、切り身で干物をつくっても構わない。スーパーでパック売りしている普通の切り身も、干せば旨味が凝縮する。“ひと手間”を感じられるご馳走になるのだ。
「切り身はどんな状態でさばかれたのかがわかりません。ドリップや細菌が必ず付着しています。まずは水でさっと洗ってからキッチンペーパーでよく拭いてください」

今日も優しく教えてくれるのは我らが干物師匠・「島源商店」の内田清隆さん。パックされた切り身は清潔そうに見えるけれど、実は大間違い。さばいた魚は冷蔵でも時間が経つとドリップが出てくるし、細菌は空気や水分に触れることで繁殖する。それが臭みの元にもなる。さばきたてではない切り身の表面はさっと真水で洗い流す習慣をつけたい。刺身で食べるときはなおさらだ。

“振り塩”ならば塩水に旨味が流出しない

洗った切り身は塩水に浸す際、8%の濃度の塩水に12分間浸けるのが島源商店の基本だ。ただし、魚の状態を見て、濃度や浸け時間を調整する。今回のブリの切り身の干物は、同じ濃度と浸水時間でつくったアジの干物よりも塩が強めに感じた。切り身は身が露出している部分が多いため、皮が残っている開きよりも塩が入りやすいのだ。
「塩水に浸けるのではなく、振り塩をするという干物のつくり方もあります。塩を振ると水分がにじみ出てくるのでキッチンペーパーで拭いてください。このやり方だと水に旨味が流出しません。ただし、塩分調整が難しくて大量生産には向きません」

毎日何百匹もの魚をさばいて干物にしている島源商店。天日干しも含めてすべて手作業なのでムラができないように振り塩をしている暇はない。僕のように趣味で干物をつくる場合はいくらでも手間暇をかけられる。塩水をつくるよりも塩の量も少なくて済む。1パック分だけの切り身で干物をサクッとつくる場合などは振り塩を試してみてもいいかもしれない。

しっかりした食感だがパサつかず、旨味も凝縮

塩水から取り出した切り身はもう一度真水で洗い、キッチンペーパーで水気を吹き取ってから干し網へ。このときに表面を一定方向に軽くなでつけてなでつけると、干し上がったときに美味しそうな照りが出る。アジの開き干しでも教わった島源商店流の工夫だ。なお、内田さんによればブリ特有の注意点もある。
「直射日光に当てすぎると黒ずんでしまうことです。ブリは夜間に干す『一夜干し』のほうがキレイに仕上がるでしょう」

手順
8%の濃度の塩水に12分間浸ける。切り身なのでアジの開きよりも塩が入りやすく、濃いめに仕上がる。
手順
もう一度真水で洗い、キッチンペーパーで水気を拭き取る。
手順
切り身の場合も、干す前にどの向きでもいいので一定方向になでつけ、キメを整えよう。

今日は晴れ空の日中に干物をつくったが、内田さんが日陰を選んで干してくれたので黒ずむことはほとんどなかった。表面を指で押したときに指紋が残るくらいの“生干し”になったら、あと20~30分干して完成というのはアジの開きと同じ。

水分が抜けてほどよく身が締まった切り身を、チンチンになるまで予熱した網で焼いて食べた。全体的にしっかりした食感だがパサつくことはなく、旨味の凝縮が感じられる。朝ごはんにパクっとやるのもいいけれど、少しずつ崩して日本酒と合わせるのもいいだろう。普通の食材で酒肴の幅が広げられると、生活力がアップした気分になる。

切り身
この日は3時間ほどで干し上がった。
焼き網
焼き網をチンチンに熱し、弱火~中火で香ばしい焼き色がつくまで焼き上げる。
ブリの切り身の干物
ブリの切り身の干物は、塩焼きとは違う凝縮感がある。「魚をサクで買ったときに、一部を刺身で食べ、残りを干物にするのもお薦めです」と内田さん。
市場に並ぶトロ箱
【大宮冬洋の干物日記】市場での仕入れ。張り切り過ぎたらこうなった
○月△日

我が町にある漁港併設の鮮魚市場。月1ペースで競りから見学して魚を仕入れている。馴染みになりつつある鮮魚店で金目鯛を10匹買おうとしたら、店のおばちゃんから「10匹も買うなら競りの前に言ってよ」と叱られてしまった件は前回書いた。常連客が買えなくなる事態を防ぎたいのだろう。
今日は競りの前におばちゃんにはっきり言えた。「金目鯛を10匹欲しいです。必ず買うので、大きめのやつをお願いします」と。
「はい。買えたらね」
おばちゃんの返事はそっけない。神経が張り詰めているのだろう。競りを黙って見守ることにする。あ、本当に大きめの金目鯛を競り落としてくれたぞ。厚みがあって目がキラキラと光っている。
おばちゃんに声をかけたところ、「今日の金目は高いよ。一匹400円」とやはりそっけない。「もちろん、約束通りに買いますよ。10匹だから4000円ですね」。ここでおばちゃんの目もキラリと光り、表情が緩んだ。僕の推測だが、30匹ほどの金目鯛が入っているトロ箱を4000円で競り落としたのではないか。そのうち10匹を僕が4000円で買えば、残りの20匹分は丸々儲けになる。ホクホク顔もうなずける。僕も嬉しいのだから、これでいいのだ。
調子に乗った僕は、競りの場で紹介してもらった仲買人さんからの直接仕入れにも挑戦。ええっと、ニギスをください。
「いいよ。トロ箱でいいのかい?」
仲買人は鮮魚店のように小売りはしてくれない。でも、いくらなんでもトロ箱は多すぎる。半分だけでもいいですか?
「いいよ。発泡(スチロールの箱)に入れてあげるよ」
と、ニギスが飛び出る勢いで分けてくれる。後で数えてみたら206匹も入っていた。これで5000円はありがたい。でも、頭と内臓を除去して洗って拭いて並べるだけで4時間近くもかかってしまった。ヘトヘトである。一般人が仲買人に声をかけるときはそれなりの覚悟と準備が必要なのだと知った。なお、ニギスは干物(写真)、団子汁、刺身、酢締めで食べた。酢締めが一番美味しかった。撮影:大宮冬洋

教える人

内田清隆(「島源商店」専務)

1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。

島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。

文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎

大宮 冬洋

大宮 冬洋 (ライター)

1976年生まれ。埼玉県所沢市出身。2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。潮干狩りの浜も深海魚漁の港もある町で魚介類に親しむようになる。現在は蒲郡と東京・門前仲町の2拠点生活を送る。インタビュー記事なのに自分も顔を出す「インタビューエッセイ」が得意。関心分野は人間関係と食。自分や読者の好きな飲食店での交流宴会「スナック大宮(https://omiyatoyo.com/snack_omiya)」を東京・大阪・愛知などのどこかで毎月開催中。著書に『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)などがある。