映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第33回は、日本の里山暮らしを描く深夜ドラマから。少し特殊な兄弟がクリスマスの夜に焼き上げたのは、艶やかな丸鶏。その中には意外にも……!?
基(駒木根葵汰)とオン(越山敬達)の兄弟は、自然あふれる村に住む。昔話に出てきそうな大きな屋根の民家での、二人暮らしだ。食べ物へのこだわりが異様に強い料理上手な兄と、ニューヨークから来たばかりの弟。彼らが普通と違うのは、「天狗」の末裔である、ということ。
天狗の子は一年間、隠遁生活をする決まりがある。それで、14歳のオンは兄の元に送られてきた。時おり天狗仲間の有意(塩野瑛久)が訪ねてくるくらいで、とても静かな生活だ。季節の食材を宝物のように料理する兄と、田舎暮らしに抵抗しつつもスローライフになじんでいく弟。食べ物を大切に扱う彼らの佇まいは端正で、そこに漂う清潔な空気が心地よい。
ある夏の午後、彼らは庭先の七輪でとうもろこしを焼く。皮をつけたままで、二本焼き網にのせる。皮の中で蒸され甘味がぐっと増す、と兄は言う。一方、隣の七輪の上には、皮を剥き黄色に輝くとうもろこし。大きな粒々に刷毛で丁寧に醤油を塗ると、たちまち香ばしさが周囲に立ち込める。
「焼き方で、味わいも風味も変わるんだ」
ゆっくり刷毛を動かしながら哲学者のように語る兄。新鮮なとうもろこしを見て、「焼いて食べよう」とオンがつぶやいたのがきっかけになった。旬の食材を媒介に、兄弟の距離は少しずつ縮まっていく。
蝉しぐれと風鈴の音が響く。炭火で醤油がじゅっと焦げる音がする。オンがとうもろこしにかじりつくと、ザクっという音とともに粒がはじけた。「うんまッ」、とうなるようなオンの声。焼けたとうもろこしの皮をガサガサと引きはがすと、つやつやの粒から一斉に湯気が上がる。両手にとうもろこしを持った弟は、この世の幸せを一身に集めたような顔になっている。
季節はめぐり、収穫の秋を経てやがて冬へ。その頃にはオンも自ら調理場に立ち、兄を手伝うようになっている。里山でクリスマスを迎える弟のため、兄は特別な料理をつくろうと思案していた。冷蔵庫から取り出した大きく形のよい丸鶏を見たオンは、「俺も手伝う」と目を輝かせた。ここでローストチキンが食べられるなんて、最高だ。
じゃがいも、れんこん、玉ねぎ、赤ピーマン、ブロッコリー。大ぶりの新鮮な野菜を丁寧に切っていくオン。ローストチキンと野菜は互いを引き立てる名コンビだ。
兄はニンニクの切り口を鶏の背中にこすりつけ香りをつけたり、塩コショウを振りかけ下ごしらえ。お腹に詰めるのは、赤飯と大きな栗だ。
「オンの希望に沿えるかわからないが、あるものでやってみよう」
兄の言葉から、弟への心遣いと料理への探求心がにじむ。
中身を詰めしっかりお腹をとじたら、表面に刷毛でまんべんなく油を塗る。兄の手つきはよどみなく、そして優雅である。弟も呼応するように神妙な顔で、鶏の周囲に野菜を並べ、色とりどりの野菜たちがクリスマスカラーになっていく。
うやうやしく皿をオーブンにセットする兄を、背中ごしにじっと見守るオン。ロースト中の長い時間は、りんごとシナモンのお茶を飲む。ナチュラルな味わいのお茶で体を温めながら、待つ時間もおいしさの一部なのだとオンは体感するのだった。
いよいよ焼きあがったローストチキンに、パリパリっと背中から皮にナイフを入れる。赤飯と栗、そして鶏肉が彩りよく混ざり合って美しい。
「メリークリスマス」
「召し上がれ」
そう言いあって、こたつに差し向かいで座る二人。野菜添えのローストチキンを前のめりになって食べるオンは、あの夏の日よりもさらに幸せそうな表情を見せた。
「天狗」という謎めいた個性を持ち、与えられた天命を受け入れている彼ら。日々の食卓を丁寧にしつらえ、背筋を伸ばし味わう佇まいに、生きていく覚悟と気品がにじむ。真摯に食と向き合う姿に癒され、何度も見たくなる名作である。
文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ