石川県・輪島の「輪島朝市」と、地元の酒を扱う「酒ブティックおくだ」へ脚を伸ばしてみると……。伝統の技と味を守り継ぐ人々を訪ねて、輪島の里山から里海へのショートトリップを楽しんだ。
旅先での最大の楽しみは、地元の食材に出会える市場を訪ねること。能登巡りの旅であれば、日本三大朝市の一つに数えられる「輪島朝市」散歩は外せない。
輪島朝市は1300年の歴史をもち、その起源は平安時代に遡る。神社の祭日に境内で行われていた物々交換がはじまりといわれるが、北前船の寄港地となった江戸時代には全国から商人が集まり、地域経済を潤すほどの活況を誇った。
朝8時、再び里山まるごとホテルの山本亮さんの案内で、特大のエコバッグを手に勇んで輪島漁港にほど近い朝市通りへ向かう。全長350mほどの通りの両脇に連なる露店は、鮮魚や干物などの海産物を中心に、乾物、野菜、調味料、民芸品を含めて多い時で200店ほど。特にシーズン中の週末は観光客や地元の買い物客で賑わうが、平日の朝の出足はややのんびりペース。売り手の人と会話を交わしながら、ゆっくり吟味して買い物を楽しみたい人には、おすすめの時間帯だ。
山本さんも行きつけの一軒、「二木洋子」名の木札がかかった露店の店先には、夏が旬のアワビや赤イカのほか、アジやマトウダイなど新鮮そのものの地魚が、ずらり。主の二木洋子さん、姪の小坂美恵子さんに調理法を尋ねれば、「ひと塩して焼き魚で」「さっといしるを塗ってから生干しに」と当意即妙のアドバイスが返ってくる。
朝市の露店を仕切っているのは、ほとんどが二木さんと同じ輪島在住の女性たちだ。往来の一方では手作りのふぐの糠漬けやいしる干しを籠に並べたお母さんの呼び声するがこだまし、もう一方では、原木しいたけや金糸瓜など地物の能登野菜をゴザの上に広げ、パラソルの下で商いをするおばあちゃんの姿も。
「輪島の朝市は昔から女の人が主役なんです」と二木さん。
「漁師のおかみさんや農家のばあばが、旦那さんが獲った魚や自分で育てた野菜を売りに来る。能登の女の人は働き者なんですよ。男の人よりよく働くから“とと楽”なんていう言葉があるくらい」(笑)
朝市ではお土産を買うだけでなく、食べ歩きの楽しみも待っている。通りには朝市で買った魚や干物の持ち込みOKの食堂が並び、150~300円前後の手頃な料金で刺身や焼き魚に調理してくれる。市場の賑わいを眺め、通りを吹き抜ける潮風を感じながら、買ったばかりの新鮮な地魚の刺身とあら汁で朝ごはんを。そんな夢のような贅沢が、ここではいともたやすく叶ってしまうのだ。
朝市では、大好物の“もみイカ”をゲット。能登の内海で獲れる小ぶりのスルメイカを内臓ごと丸干しにし、とろりと半生状の肝の旨味を味わう輪島名物だ。とりわけ能登の魚醤“いしり”で味付けした“もみいか”は、酒の肴に最高。イカのワタとくれば、一緒に飲むのは、やっぱり日本酒でしょ。そうだ、能登の地酒を買って帰らねば!
というわけで、次は朝市通りの川向うにある酒屋さんへ。自身も日本酒党である山本さんが「お土産のお酒を買うなら、ここ。能登の地酒のすべてを教えてもらえます」と太鼓判を押す「酒ブティックおくだ」を目指す。
店を訪れると、四代目店主の奥田圭三さん、綾里さん夫妻が出迎えてくれた。圭三さんは金沢の酒蔵で12年間もの酒造経験を積み、酒造技能士と利き酒師の資格ももつ日本酒のプロ。「能登のお酒は一通り揃えて、常時3種類の無料試飲もすすめています」とテイスティンググラスに本日のおすすめ酒を注いでくれた。
能登杜氏発祥の地である奥能登は、知る人ぞ知る地酒王国でもある。濃醇旨口を伝統とする“能登流”の系譜を汲みながらも、魚介類に合わせて本領を発揮する切れのよさ、雑味のないきれいな飲み口をもつ佳酒が多いという。
「家族経営の小さな酒蔵が多いので、県外での認知度が十分とはいえないのが残念で。女性杜氏がつくるキレキレの超辛口純米吟醸『登雷』とか、能登の食材に特化したペアリングを打ち出す『竹葉』とか、攻めの個性派も多いんですけどね。まず、飲んで味わいを知っていただき、酒蔵のストーリーも伝えながらファンを増やしていきたいと考えています」
能登産の日本酒や焼酎以外にも、奥田さんが舌で選んだ他県の地酒やクラフトビール、日本ワイン、ナチュラル系中心の輸入ワインが豊富に揃い、お酒選びの楽しみは尽きない。昨年からはアフターコロナで海外からの観光客も増えてきたが、英語の堪能な綾里さんが接客やPR担当とあって、インバウンド対応もぬかりなし。輪島朝市で見た女性パワーは、場外でも健在なようだ。
文・堀越典子 撮影・赤澤昂宥