能登半島の石川県輪島市街から15kmほど離れた山間部の三井町にある農泊「里山まるごとホテル」では、自然と共生する生き物の営み、土地の食の恵み、地域の人々との出会いに触れながら、文字通りまるごと里山を味わう農泊が楽しめる。釜戸で米を炊いたり、里山を散歩するアクティビティなど、魅力あふれる里山宿泊体験は続く……。
里山の恵みを味わう楽しみは翌朝も続く。古民家ホテル「中右衛門」の玄関口には、朝になると木製のボックスが届けられる。“食べる里山の和朝食”と銘打った朝食のケータリングサービス(要予約)だ。
中には能登の伝統的な魚醤“いしる”を使った夏野菜の煮物や、車麩の南蛮漬け、自家製の漬物など、郷土色豊かな惣菜を彩りよく詰めた重箱が。メインは、輪島朝市名物のサバの一夜干し。自家飼育のニワトリが生んだ朝どれ卵、近隣の畑で採れたもぎたてキュウリの和え物、デザートには絶品の手作り干し柿も付く。
ごはんはキッチンに備え付けのミニ釜戸で炊き、味噌汁は温め直して輪島塗の汁椀でいただく。魚も備え付けのグリルパンか七輪を使って炙り、アツアツの香ばしさを味わえるように半生のままで提供。仕上げのひと手間をあえて宿泊者に委ねる趣向から、里山に暮らすように滞在してほしいというホストの思いが伝わってくる。
自炊による素泊まりで宿泊の場合は、本格的な釜戸炊きご飯をオプションで申し込むことも可能だ。釜戸の扱いに慣れたスタッフが主導してくれるので、経験がなくても問題なし。実際の手順を山本さんが実践して見せてくれた。
奥土間に備え付けのレンガ製の釜戸に火を起こす。薪は「ばぁばが山で拾って集めてくれたナラやクヌギの枝」。ふいごで風を吹き込むたびに火の粉が舞い上がり、ぱちぱちとはぜる音が耳に心地よい。ご飯の炊ける甘い匂い。白い湯気、羽釜ならではのつやめく炊き上がりとおこげの香ばしさ。ただ味わうだけでなく、調理のプロセスに参加することで五感を刺激される体験の楽しさがここにもある。
「里山まるごとホテル」では、里山時間を楽しむためのアクティビティを他にも用意。もし午後の早めの時間に到着できれば、ぜひとも体験したいのが人気の里山散歩ツアーだ(要予約、16:00~16:40限定)。
茅葺庵を起点に、
今回の旅では、長年にわたり三井の地域再生に尽力し、山本さんが学生時代から師と仰いで慕ってきた山浦芳雄さんのガイドで里山歩きをたっぷりと楽しんだ。
「あそこに生えてるのが水ブキです」
そう言いながら、雑木林に入っていく山浦さん。聞けば、今年で米寿を迎えるという。そんな御年とはとても思えないほど足取りが軽い。
「葉っぱを取って茎だけ食べる山菜の一種。ここら辺では炒めもの、煮もの、漬けもの、何にでもよく使います」
ただし、根絶やしにならないよう、一ヶ所で採りすぎず、根は残しながら摘むのがルール。人間と山が共生するための“相互扶助”が、昔から摂理として守られているのだ。
山林には、この土地ならではの針葉樹“能登ヒバ”も多く自生する。漆の材料にも使われる石川県の県木だという。
「この辺では“木当(あて)”と呼びますね。折れにくくて水に強いので、家の建材に使います。あの家の壁もそう」
指差しした先に風情ある木組みの家屋が見えた。“九六間の家”(間口九間、奥行六間)と呼ばれる奥能登の典型的な農家住宅だという。
家々の庭の納屋には収獲したニンニクや玉ねぎが吊るされ、畑にはキュウリ、なす、ニンジン、ピーマンなどの野菜がたわわに実っていた。散歩の途中に摘んだ山菜や、ついでに立ち寄った畑で収獲した野菜が、天ぷらや煮物、サラダに姿を変えてディナーコースに登場することも。
「里山には、手つかずの大自然とは違うよさがある」と山本さん。
「人が手を入れることでより生き物にやさしく、豊かな実りを生む環境がつくられていく。そんな里山特有の人と自然の距離感、その心地よさを多くの人に体感していただきたいですね」
文・堀越典子 撮影・赤澤昂宥