2日目の朝は、海と山の間にある内外海地区ならではの味わいや自然を体感。日本海では珍しいリアス式の海岸線が連なる福井県の小浜湾。二つの半島に挟まれて弓状に広がる内外海地区には、小さな入り江と昔ながらの漁村が点在する。その中でも最も小さな集落のひとつ、「志積」地区に3年前に誕生した農泊「海のオーベルジュ志積」を訪ねた。
朝6時。入り江に寄せる波音で目を覚ました。東の空がうっすらと明るみ、海鳥の鳴き声も響いてくる。
「オーベルジュ志積」の宿泊棟は、海辺の民宿の趣を残す本館「ROOM KYUBEE」と、貸し切りスタイルの別館「HOUSE SEN」の2棟。合わせて6室の客室のうち5部屋が小浜湾に面したシービューの特等室だ。
海岸右手の小さな船着き場に、オーナーの西川さんが所有する釣り船が見える。
「30年前から漁師を始めて、今でも目の前の若狭湾でタコ漁を続けています。ここは自分にとって庭みたいなもん(笑)。東京のレストランに卸す分も入れると年間2トンのタコを獲っているんですよ」と朗らかに話す西川さん。
漁は水深80mの沖合にタコ壷を仕掛けておき、ローラーで船に引き上げるだけのシンプルな方法だ。
「タコは小さな穴を見ると入る習性がありますのでね。引き上げるのは1週間に1度のペースですが、ほぼ毎朝4時半から5時起きで船を出し、タコを見に行ってから漁連へレストランの魚を仕入れに行くのが毎朝のルーティーンです」
漁期は9~10月の台風シーズンを除いてほぼ通年。季節ごとの味わいがあるが、最盛期はタコの身がやわらかくなり、生食に最高のみずみずしい旨味がのる5月から7月だという。今がまさに旬真っ盛りとあって、獲れたてのタコを手づかみにしてそのままレストランの厨房へ直行することも。
「民宿時代は料理も1人でやっていたので、タコ一匹をまるごと使ったフルコースなんかも出していたんです。当時はタコ料理といえばゆでダコしかなかったのですが、オーベルジュでは若い人にも喜んでもらえるように、イタリアンの調理法も自分なりに研究して。若いシェフのアイデアや発想から刺激をもらえるのも楽しい。毎日が勉強です」と頬をほころばせる。
漁港に水揚げされるのは、タコ以外にもイカ、アジ、カサゴ、“グレ”と呼ばれるメジナなど。ワカメやテングサ、モズクも豊富に獲れる。これらの地魚や海藻類は、主に朝食のメニューとして食卓へ。ディナーだけではなく、朝の膳でも若狭の豊穣を味わう楽しみが待っているのだ。
カンカンに熾った炭火の上で、自家製のサワラの醤油干し、アジの塩干しを網焼きに。小浜特産のサバのへしこも卓上に並ぶ。
「焦げやすいので、表面だけさっと焙ってください」
西川さんに勧められるまま、半生に焼けた香ばしい身をかじり、炊きたてのコシヒカリを頬張りながら、だしの旨味がたっぷりのタイのあら汁も一口。へしこは酒の肴とばかり思っていたけれど、穏やかな塩味の塩梅がよく、ご飯がすすんで止まらない。朝から多幸感に満たされながら、そういえば若狭湾沿岸は揚げ浜式の塩の名産地だったなと思い出した。
ゆったりと朝食を楽しんだ後は、ネイチャーガイドの岡本さんの熱血ガイドで、朝の入り江と裏山を巡る小散歩へ。
この辺りでは“タモ”と呼ばれるタブの巨木には、たくさんの植物が着生し、蝶やフクロウやサルなどの食料源となって小さな生態系を形成しているという。イソスミレやヤブソテツなど、海辺でしか目にできない海浜植物の観察も楽しい。
目の前に広がる小浜湾にも、多様な海の生物相がある。
「波が穏やかな内海では牡蠣の養殖、潮の流れが強い外海ではブリやサワラ、アジなどの定置網漁、沿岸の磯場では春のワカメ、夏はサザエやアワビ漁といったように半島の内と外で違う生態系があり、集落によって漁業の営みも違ってきます」
“内外海”の名前の由来も、その生態の多様性があってこそ。短い2日間の滞在を通して、美しい景色だけではない若狭の海の本当の魅力に、ほんの少し触れられた気がした。
文・堀越典子 撮影・赤澤昂宥