広島で知人お薦めの居酒屋を訪れた松尾貴史さん。そこの名物の一つがカレーということで、早速頼んでみることに。居酒屋のカレーと侮るなかれ、研究に研究を重ねた締めカレーのお味とは――。
居酒屋で「締め」「〆」「シメ」という文化が生まれたのはいつ頃からだろうか。コースを提供する料理屋だと、終盤になると中居さんが「お食事は、炊き込みご飯か、雑炊か、おうどんになりますけど」などと薦められるが、それまで食事をしていたのに「お食事」というパートがあることが面白い。バーや居酒屋ならば「お食事」ではなく「しめ」と呼ばれることが多いが、やはり個人的には小ぶりな器に盛られたカレーがあると嬉しいのである。
広島で、一人で行っても楽しそうな居酒屋を薦められ、うかうかと出かけたら大当たり、素敵な店だった。その名も「こびと」という、メルヘンな響きだ。キャッチフレーズは「味比べ、味探しのお店」らしい。雑居ビルの2階で、そこそこ広い店を若いご夫婦が爽やかに切り盛りしている。一見遊び人風の男前の店主と、お世辞抜きの美人女将(というと店主の男前がお世辞になってしまうのか)が、絶妙のバランスで酒とそれに合うつまみ、つまみとそれに合う酒をコーディネートして提供してくれる、「色々とわかってくれる」名店だ。
ここの名物のひとつがカレーで、女将が独学で研究して作っているという。工夫をすることが楽しいという彼女は、時折我流の料理教室も開いているそうだ。最近はみりんの使い方に凝っておられると聞いた。
何かの真似をするのが嫌いだそうで、初期はカレー粉から作っていたそうだが、徐々にスパイスを足したり引いたりするうちに、自身の味が醸し出せるようになった。
カレーだけではないが、使用する野菜は有機野菜を作っている農家の物で、にんじんや茄子など、潤沢な品種を農家の方に直接交渉して送ってもらっているそうだ。肉を使うときは、塩麹に漬けてから、一旦炒めて香ばしくするという。それによって香りと旨味が増す。
今回私がいただいたカレーはじゃがいもがきいていた。スパイス使いはオーソドックスな感じがするのにどこか個性的で、頻繁にいただきたい欲求が湧いてくる。そう、飽きそうにない味なのだ。同じ日に何杯でも食べられそうな気がする素晴らしいバランス。さらに、〆としてだけでなく、日本酒にもすこぶる合うカレーなのは麹のなせるわざだろうか。
これが居酒屋で提供されると言う驚異。それも、「本日のスパイスカリー」として、キーマであったり、グリーンカレーであったり、ジャガイモのカレーであったり、それもつまみになるようライスなし(マイナス二百円)のバージョンもいただける。そして一番のポイントは、「お気に入りのカレーが毎回あるわけではないかもしれない」というところだが、私はまだ一度訪問しただけなので、いつかまた確認しにくるつもりだ。もしなかったら、その時は諦めて美味い肴と酒を楽しむのだ。
文・撮影:松尾貴史