「北軽井沢蒸留所」のウイスキー“北軽井沢”の販売は、樽まるごとの購入者を募るオーナーズカスク制がメインになるという。しかし、よくある希少スペックで限定的なプライベートカスクとは違う。よりオープンに、よりウイスキーを味わう楽しみを深めるために。それは、バーテンダーとしてのホスピタリティと心意気の発露でもあった。
「オーナーズカスク制度はプロジェクトの意義そのもの。これがなければ、そもそも蒸留所を建てようなんて考えも持たなかったと思うんですよね」
それは資金計画の延長線上に浮上した計画だったのかを尋ねたとき、オーナーの坂本龍彦さんから返ってきた答えである。飄々とした語り口に、一徹さの片鱗も滲んでいた。
そもそもオーナーズカスク制とは、ウイスキーの原酒を樽買いするシステムを指す。蒸留所が事前に熟成期間を決めた樽についてカスクオーナーを募り、所定の熟成を経てボトリングし、購入者の元へ届けるというもの。スコットランドでは主に“ボトラーズ”と呼ばれる瓶詰業者やサプライヤーによる購入が主流だったが、数年前から個人愛好家やコレクターのカスクオーナーが急増。昨今は高いリターンが期待できる長期投資のモデルとしても人気を集めている。
対象が個人の場合は、樽1本につき複数のオーナーを募集する共同購入型のオーナーズカスクが多い。一口数万円単位で購入でき、口数に応じたリターンを得られ、好きな蒸留所の支援にもつながる目的意識は、現代のクラウドファウンディングにも通じるところがあるように思える。
一方、販売する側からすれば、事前にカスクを買ってもらうことで先行資金が確保できる強みがある。特にクラフトウイスキーの小さな蒸留所では、穀物原料の購入費や設備投資、光熱費、人件費など必要なコストを回していくための恩恵は少なくないだろう。
とはいえ、初期投資の5割以上をオーナーズカスクの前売契約が占めると聞くと、「なんて大胆な!」と思わずにいられない。しかも、オーナー募集の対象は、当面は原則としてバー『LAG』の顧客層限定でいく考えだという。素人がこう言ってはなんだが、クラウドファウンディングで不特定多数の出資者を広く募るほうが、キャッシュフローは安定する気がするのだが。
しかし、坂本さんは「クラファン?売れるかもしれないですね。いや、やる時はくるかもしれません。でも、それは今じゃない」と意に介さない。
「この蒸留所計画は、バーでのサービスの延長線上に生まれたもの。長年お世話になってきた自分のお客さんに喜んでいただきたい気持ちが、まず動機としてあって。投資ではなく、純粋に樽を買って、飲んで楽しんでもらうのがいいなあ、と。バー営業と並行してプロジェクトを進めてきた理由も、そこにあります」
坂本さんが導入しようとしているのは、「フルオーダーメイドのオーナーズカスク制度」だ。
樽のサイズは50リットル、250リットル、500リットルの3種類。それぞれ50万円、250万円、500万円のわかりやすい値段設定である。50リットル、250リットルには新樽を使い、それぞれ蒸留したてのニューポットを含めて1年から3年内(50リットル)、5~10年(250リットル)でボトリングし、シングルモルトとしては若飲みの味わいを楽しむイメージだ。
シェリー樽貯蔵が基本の500リットルは10年以上の熟成を想定。ただし、ボトリングのタイミングはオーナーが自由に決められ、一樽から一部だけ瓶詰し、残りを寝かせておいても構わない。
「みんながみんな、10年も20年も待ちたいわけじゃないですからね。段階的にボトリングできれば、経年変化を味わう楽しみも増えますし。樽ごとの中身についても、購入するオーナーの希望を聞き、樽詰めも含め現地に足を運び関わっていただき、すべてオープンにして、文字通りのプライベートカスクを目指します」
話を聞いてみれば、なるほど、ここまで自由度の高いオーナーズカスク制は二つとなさそう。ウイスキー樽のオーナーになることは、時間の移ろいや味わいの変化も含め、“待ちの楽しさ”を手に入れることなのだと改めて気づかされる。
「バーテンダーはサービス業。『楽しみ』と言ってもらえることが、自分にとって最高の喜びになる。人に伝える部分を背負う役目なんですけれども、今はつくる役目も担えて、その味を分かち合い、語り合う楽しみまである。お酒にかかわる仕事をする者として、なんて幸せなことだろうと思いますね」
ウイスキーは嗜好品。人生の余白を楽しむためにある。とすれば、“楽しみ”に振り切った坂本流のオーナーズカスクは、これ以上ない正攻法といえるかもしれない。
文:堀越典子 撮影:キッチンミノル、坂本龍彦(樽)