一生食べ続けたいひと皿
豊洲市場「やじ満」の"焼売(焼売半個)"|dancyu編集長・植野広生

豊洲市場「やじ満」の"焼売(焼売半個)"|dancyu編集長・植野広生

編集長・植野の一生食べ続けたいひと皿は、豊洲市場「やじ満」の“焼売(焼売半個)”。「市場で教えてもらったことが人生の糧になっている」と植野は言う。特別なときに食べるハレの料理でもなく、いつもの普段の食事でもなく、ただ美味しいとか、好きだとか、ということでもなく、常に身近にあって食べ続けたいもの。人生や思い出と、いつも、いつでも結びついている。そんな、一生食べ続けたい「ひと皿」を食いしん坊に聞きました。

“焼売半個”も人生に欠かせぬものになっている。

初めて築地市場を訪れたのは30年近く前だったと思う。
当時の築地は活気に溢れ、早朝(というか深夜)から多くの人が慌ただしく走り回り、ターレ(運搬車)が狭い通路を疾走し、僕のような素人がぼやぼや歩いていると「邪魔だっ!」と怒鳴られたものだった。
何度も訪れているうちに、顔なじみの仲卸ができ、取材でも買い出しでもないのに、その日の魚の様子を聞いたり、産地や漁法による味の違いなどについて教えてもらった。時には一緒に呑みに行って、魚のことを熱く語り合うこともあった(早い人は夜中に市場に出勤するという“仲卸時間”に合わせるので、スタートが午前中、午後2時頃には「もう遅いから帰るよ」というケースもあった)。

取材させてもらい、ゲラを確認してもらおうと電話すると「ファックスで送って!」と言われ、でも徹夜明けでゲラの現物を持って行くと、「バカだなぁ、ファックスで送ればいいのに」と言いながら嬉しそうに笑ってくれたこともあった。そんなぶっきらぼうだけど、とても頼り甲斐のある仲卸たちにはいろいろなことを教えてもらったし、いろいろ助けてもらった。疲れているときも築地に行けば元気になるし、仲卸と話をしていると笑顔になった。いつしか、築地市場は僕にとってなくてはならない場所になっていた。

そして、仲卸棟の喧騒から抜け出すと、関連棟にある飲食店で一仕事終えた仲卸や買出人たちと並んで食事をするのも楽しみだった。その頃は、行列ができるような店はあまりなく、好きな店に入ってさくっと食べることができた。
洋食「豊(とよ)ちゃん」でオムハヤシにカニコロッケトッピング、「たけだ」で鮪の尾の身ステーキ、「とんかつ八千代」でチャーシューエッグにカレー付けて、「富士見屋」で鴨団子そばに舞茸天トッピング、「磯野屋」で生鮭のバター焼きと牡蠣ごはん、「高はし」で刺身定食にあなごやわらか煮を付けて、「中栄」で印度カレーとビーフカレーの合いがけ、味噌汁に卵ちらして(溶き卵)……築地に通う回数を重ね、それぞれの店で自分なりの定番ができていた。

そんな店のひとつが「やじ満」であった。夏はあさりらーめん、冬は牡蠣らーめんが名物で、しかし市場で働く人たちは「ニラそば、ホワイト、固めで」(通常は醤油味のニラそばを塩味で麺固め)など、各自がカスタマイズして注文している。しかも、店の看板娘がそれらをすべて把握していて、常連客の顔が見えた瞬間に「チャーシュー麺、麺少なめ、ねぎ抜き、半チャーハンつき!」などと注文を通してしまう。

初めて店に入ったときには、常連たちのわがままカスタマイズとそれを完璧に覚えている店に驚きつつ、五目そばを注文。これにまた驚いた。具がたっぷり入っていて、ホタテ、イカ、エビなどの魚介が素晴らしく旨い。そりゃそうだ、魚のプロが食べに来るのだからヘタなものは入れられないよな、と、思いつつ食べ進むと、豚肉、鶏肉、チャーシュー、玉子焼、目玉焼き、しいたけ、キャベツなど20種類ほどの肉や野菜などもきっちり美味しい。これらの旨味が効いたスープも深い味わいで、麺の食感も心地いい。忙しいプロたちが入れ替わり立ち替わり立ち寄り、麺類からご飯ものまで多彩なメニューがあるのに、どれも丁寧な仕事を感じさせる美味しさ。

そして、常連さんたちが皆「焼売半個!」を付け加えている。“名物手作りジャンボ焼売”もこの店の名物で、一皿4個なのだけれど、ボリュームたっぷりだし、メインの料理に加える人が多いから2個付けを「半個」と言っているのだ。
それを知って以来、僕も必ず「半個」を付けるようになった。豚挽肉と玉ねぎのシンプルな焼売はふわりとしたやさしい食感とほのかな甘味が特徴で、結構な大きさだけれど軽やかに食べられる。半個で注文しても千切りキャベツと辛子が添えられる。

焼売

市場ではなぜか醤油ではなくソースがデフォルトで、僕も①1個の半分は何も付けずに、②残りの半分は辛子をつけて、③もう一個の半分はソースをかけて、④残りの半分はソースと辛子をつけて、という食べ方をして味わいの違いを楽しんでいる。

野菜そば
焼売

メイン料理は、五目そば、ニラそば、冷やし中華、ソース焼きそば、炒飯、ポークライス、豚の生姜焼き丼など、いろいろであったが、必ず「半個」をつける。そうした変遷を経て、いつしか「野菜そば(タンメン)、麺少なめ、ワンタントッピング、半個つけて!」が定番となった。なるほど、市場の店に通い続けると自然にオリジナルカスタマイズができるのだ、とプロたちの心境が少し分かったような気になったりして。

市場が豊洲に移転して、以前より行かなくなってしまったが、それでも仲卸に立ち寄ると帰りに「やじ満」によって、いつもの注文をお願いする。築地時代から顔馴染みになっていた看板娘のひとみちゃんは、僕の顔を見ただけで、焼売2個を皿に盛ってくれるようになった。
時折しか行かないけれど、これを食べると元気が出る。なぜか帰ってきたような気になる。正直、その時々によって味わいに微妙なブレが出ることもあるけれど、それがまた手づくりの良さでもある。ひとみちゃんが「今日はちょっと蒸し過ぎてしまったかも……」と不安そうな顔で出してきて、でも本当に美味しくて、「大丈夫、美味しい!」と答えた時の、ほっとした笑顔も元気にしてくれる。

市場に行って魚を見たり、仲卸さんと話をするのと同じくらい、「焼売半個」は僕にとって欠かせないものになっている。もしかしたら人生で最も食べているのはこれかもしれないし、これからも食べ続けると思う。市場でいろいろなことを教えてもらったり、励ましてもらったり、怒られたりしてきたことがすべて僕の人生の糧となっている。だから、「やじ満」の焼売を食べていれば、これからもきっと大丈夫だと思う。

外観

店舗情報店舗情報

やじ満
  • 【住所】東京都江東区豊洲6‐6‐1 7街区管理施設棟3F
  • 【電話番号】03‐6633‐4560
  • 【営業時間】5:00~13:00(閉店)、土曜は5:30~13:00
  • 【定休日】水曜、日曜
  • 【アクセス】ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線「市場前駅」より3分

文、撮影:植野広生