青森県西津軽地方に伝わる郷土食の「すしこ」は、もち米を主原料に、赤じそやきゅうりなどの野菜を混ぜた甘酸っぱい漬物だ。いわば「ご飯の漬物」だが、その味はなんとも爽やかで、独特の魅力がある。 しかし御多分にもれず、昨今は地元でもつくる家庭が減っている。そんな中、伝統の味を守る女性グループ「つがる女性加工」のすしこづくりについて本誌8月号の連載「食の絶滅危惧種」で紹介したが、まったく新しいアプローチとして、津軽に移住した若い女性二人がすしこの存在を広く伝えたいと、誰でも手軽に楽しめる商品を開発した。
青森県の中でも津軽地方のみに伝わる「すしこ」に、郷土料理研究の視点から興味を持って活動しているのが、「津軽の暮らしラボ」吉田涼香(すずか)さんと傳法谷(でんぽうや)菜美保さんだ。千葉県出身の吉田さんは、2016年に地域おこし協力隊として弘前市へ。活動の傍ら、郷土料理グループの「津軽あかつきの会」で料理を学んだ。その後、19年春につがる市に移り、郷土料理の情報発信に携わる中で出合ったのがすしこだった。
吉田さんは西津軽にしかないすしこが外部ではほとんど知られていないことに着目し、その由来やレシピを冊子にまとめた。吉田さんの調査によれば、すしこがつくられてきたのは青森県の日本海側、五所川原市、つがる市とその周辺の町々。「すしこ」の名称はもともと五所川原市金木地域で使われていたものが広まったとされる。地域によっては「赤めし」や「赤すし」と呼ぶところもあるという。
すしこを少しでも広めようと、吉田さんが傳法谷さんと20年に商品開発したのが、簡便な「すしこのもと」である。赤じそ、きゅうり、キャベツ、みょうがなどの具材に味つけをしてパック詰めにしたもので、炊いたもち米に混ぜるだけで、すしこが楽しめるという商品だ。
つくり方は、まず、もち米1合を160mlの水で炊いて、炊き上がったら砂糖60g(量は好みで増減)を混ぜる。そのあとに「すしこのもと」1袋を混ぜ合わせ、保存容器に入れて冷蔵庫で保存し、3日たったら食べ頃になる、というものだ。
「すしこのもとは、最初は全然売れませんでしたね。食べ慣れている人は『いや、これは昔のすしこじゃない』と。すしこの味には人それぞれに好みがあるんです」。
「道の駅などで売られているすしこを食べ比べましたが、必ず入っているのは赤じそ、きゅうり、キャベツ。トマトを入れる人、みょうが、紫キャベツを入れる人など実にさまざまでした」。
つくり手によって使う具材が少しずつ違い、色や味わいも異なるのがすしこの面白さ。さらには甘味や塩気、熟成具合なども微妙に違ってくる。
すしこの可能性を広げようと「津軽の暮らしラボ」が提案するアレンジレシピには、すしこの持ち味を生かした、新たなおいしさがいっぱいだ。
すしこと白いご飯を半々で混ぜた「すしこハーフおにぎり」は、もち米×うるち米ですしこの味わいが和らぎ、子供も食べやすい味に。また、お酒のつまみにぴったりなのが、春巻きの皮ですしこを巻いて揚げた「すしこの春巻き」と、すしこを丸めて、片面にパルメザンチーズをつけてカリッと焼いた「すしこのチーズ焼き」。漬物とご飯の中間のようなオツな味わいだ。酸味が酒をすすめてくれる。
「ほかにも、すしこ納豆やレタスのチーズ巻きなどもおいしいですよ」と傳法谷さん。現代ではすしこは女性を中心に、暑さで食欲がなくなる夏場に好んで食べられるそうだ。
津軽の豊かな暮らしを紡ぎ伝える「津軽暮らしのラボ」では、郷土料理のイベントなどのほか、古民家で「風丸食堂」も運営している。要予約のランチ1,650円には、野菜料理を中心に手づくりの料理が並ぶが、すしこも必ず小鉢で登場する。
家庭ですしこをつくる人が減少する中、米と混ぜるだけでできる「すしこのもと」は気軽に楽しめる便利なキット。全国で失われつつある郷土料理を伝えていくのは、こうした若い人の新しいアプローチにこそあるのかもしれない。
津軽の暮らしラボ/風丸食堂
【住所】青森県つがる市森田町山田山崎57-1 古民家風丸
【電話】090-2151-5686
【営業時間】11:00~14:00(予約により営業)
※HPより商品の購入も可能。
文:瀬川慧 撮影:砺波周平