シネマとドラマのおいしい小噺
ここ、天国なの?|ドラマ『かしましめし』

ここ、天国なの?|ドラマ『かしましめし』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第27回は、人気同名コミックが原作の“おいしい”深夜ドラマから。高級な料理じゃなくていい、好きな人たちと囲む食卓と気兼ねないおしゃべりさえあれば、そこが天国!

美大出身の同級生三人が、ある出来事をきっかけに再会する。千春(前田敦子)、ナカムラ(成海璃子)、英治(塩野瑛久)は、ともに28歳。駆け出しでもベテランでもない微妙な年齢だ。それぞれに仕事や恋の悩みを抱えながら、一緒にご飯を食べる心地よさが忘れられなくなり、同居を始めてしまう。

家の主である千春は、一度は就職したもののパワハラに遭い無職状態。料理に向かうことで、ひどい自信喪失感をやり過ごす日々を送っている。

八百屋で大きなキャベツを手にした千春が、どんな料理をつくるかと尋ねられ、こう答える。
「千切りがしたいです」
またある時はもやしの「ヒゲ」取りを、「いつまででもやっていたい」と没頭した挙句、大量のナムルが出来上がる。やがてナカムラも千春の横で、切ったりかき混ぜたり下ごしらえに熱中し始める。英治もつくる側に回り、彼女たちを喜ばせようとする。

アーティスト気質である三人が、調理という「作業」に無心に取り組んだり、まるで創作活動のように料理を楽しみ、食べる姿を見ているとうれしくなる。そしてなぜか癒されるドラマなのだ。

「楽しむ」ためにはツールも重要。例えばテーブルの真ん中に置かれたホットプレートが威力を発揮する。再会したての頃、千春が提案したメニューは「包まない餃子」。餃子の皮をホットプレートに置き、ひき肉のタネの上に、キムチ、ツナ、チーズ、いぶりがっこなど、好きなトッピングをのせて焼く。包む手間いらずで味の変化を楽しめる、秀逸なパーティメニューだ。

千春はまず、チーズをのせてみた。餃子の皮をもう一枚、その上からかぶせ蓋をして蒸し焼きにする。蓋を開けた瞬間に熱い湯気が上がり、バチバチと焼ける音が響く。チーズの香りが嗅覚を刺激して、「わあっ」と歓声を上げる三人。焼きたての餃子をハフハフ食べていると笑顔があふれ、おいしさと喜びが一緒になって増幅し部屋いっぱいに満ちる。三人の気持ちが一気に近づいた瞬間だ。

「ここ、天国なの?」
料理に感動したナカムラがつぶやいた言葉が、この暮らしを物語る。できたての温かい料理を一緒に食べること、食べながらとりとめのないおしゃべりをすること、その素敵さを三人は日々実感するようになる。

さらに三人が繰り出すメニューのアイデアには、お楽しみのヒントがいっぱいだ。「予算内で材料を持ち寄る串揚げ大会」、「絶対に一人じゃ買わないフルーツ選手権」など、いちいち企画タイトルをつけるのでいやおうなく気持ちが盛り上がる。「チュクミ」「シュクメルリ」など、流行りのメニューに挑戦するのも仲間がいればこそ。こうして日常が、毎日ハレの日のようになっていく。

ある日のメニューはそうめん。肉みそ、ツナ、トマト、青菜野菜、マヨネーズ…具や薬味をあれこれと準備する。どのように具を組み合わせるかゲームのように競い合ったり、意外なおいしさを発見したり。そうめんというシンプルなメニューを通して新しい刺激を生み出すのは、やはりアートに似ている。仲間と一緒においしさの世界を広げ、それを共有する日常を手に入れた三人が、なんともうらやましい。

そんなパラダイスのような日々は、永遠ではないからこそ愛おしい。またそれぞれの人生に戻っても、無心に台所に立ち創意工夫をし、ともに食卓を囲んだ時間は 夢のようなかけがえのない思い出になるに違いない。

おいしい余談~著者より~
フードスタイリストの飯島奈美さんのつくる料理が、本当においしそう。大口をあけて食べている主役たちが、心からご飯をおいしく味わっている様子がひしひしと伝わってきます。撮影はさぞ楽しく、お腹がいっぱいになったことでしょう。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。