シネマとドラマのおいしい小噺
ロールキャベツと四角いマラサダ|映画『ホノカアボーイ』

ロールキャベツと四角いマラサダ|映画『ホノカアボーイ』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深堀りする連載。第24回はキュートな老女と、とぼけた青年が料理を通じて心を通わせる、南風そよぐ一本です。

ホノカアはハワイ島の北、古くから日系移民が多く住む町。レオ(岡田将生)は映写技師のアルバイトをしながら、そこで暮らしている。

50年前に夫を亡くした老女ビーさん(倍賞千恵子)は、少女のような可愛らしさを持つ料理上手な女性。ろくなものを食べていないレオを見かね、その腕を振るうように。二人の間にはいつも、ハワイ島の穏やかな風と美味しそうな食べ物がある。

きっかけはマラサダというローカルフード。穴の開いていないドーナツのようなお菓子で、揚げたてのもちもちした生地がクセになる味だ。ハワイ島に初めて訪れたレオは、映画館のカウンターでバスケットに入ったマラサダと出会う。石鹸のような四角形にふっくら膨れ、周りにはたっぷり粉砂糖がまぶされて、とても愛らしい姿をしていた。

やがて島に住み着いたレオは、あの四角いマラサダをつくったのがビーさんだと知る。材料の小麦粉を届けたことが縁で、ビーさんの家で食事をする間柄になっていく。

ビーさんのキッチンは、乙女の香りのする秘密基地のよう。カラフルな生地をパッチワークしたカーテンが、窓からの風にそよぐ。お茶目な表情の熊のかき氷機や、色とりどりのお皿が並ぶ。壁際には瓶詰の調味料や調理器具がぎっしり詰まり、この部屋の住人が料理好きなことが伝わってくる。

ある日、ビーさんは張り切ってレオにこう告げた。
「さ、今日はロールキャベツにしますから」
芯をくりぬいたキャベツを丸のまま大鍋でゆで、熱い葉を長いトングで一枚ずつはがす。玉ねぎをサクサクサク、とみじん切りにして、ソーセージをコツコツ、と刻む。さらにパセリも細かく刻まれていく。とても丁寧な下ごしらえだ。

レシピはビーさんのオリジナル。
「ご飯を入れるの?」と、驚くレオ。
「スープを、吸ってくれます」と、得意げなビーさん。
隠し味の黄色いチェダーチーズもすりおろされ、野菜や肉とともにすべてが一緒くたに混ざっていく。ホノカアの住人達の生活音と料理の音がコラボレーションし、生きる喜びと好きな人のために料理をするうれしさが、幾重にもシンクロする素敵なシーンだ。

こうして形が整った具だくさんの大きなロールキャベツは、食欲旺盛な若いレオにぴったり。仕上げは小麦粉をふるいフライパンで焦げ目をつけ、鍋にぎっちり並べてスープに浸す。サワークリームと生クリームを加え、あとはじっくり火が通るのを待つ。

白濁したスープに浮かぶ二つの大きなロールキャベツが湯気をたて、黒パンとともにレオの前に置かれた。仕上げの胡椒が振られるのも待ちきれず、前のめりに食べ始めた。

ビーさんの手料理をポラロイドカメラで記録し、壁に貼り付けているレオ。ポキバーガー(マグロのハンバーガー)、スパムむすび(ハワイ風おにぎり)に混じり、ちらし寿司や炊き込みご飯もある。ハワイと日本の味がブレンドされた料理のラインナップは、日系移民としてのビーさんの歴史でもある。特製レシピのロールキャベツも、そのなかにしっかり収まった。

少女のように純粋な心で、ひたむきにレオに料理をつくり続けたビーさん。彼女との最期の別れに、レオが最期にかけた言葉は、「ありがとう」でも「さようなら」でもなく、「ごちそうさま」だった。レオの想いが詰まったその6文字を、ハワイの空でビーさんは噛みしめているに違いない。

おいしい余談~著者より~
映画館の女主人、エデリ(松坂慶子)が物語に明るい華を添えています。食いしん坊の彼女は、ムームー姿でいつもうれしそうに何か食べている。売り物のマラサダを自分用にキープして、観光客(この役のために深津絵里が登場)に頼み込まれ泣く泣く手放したり、お茶目でマイペースなハワイライフを魅力いっぱいに体現しています。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。