世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
台湾の究極の「豆花」|世界の豆腐料理⑤

台湾の究極の「豆花」|世界の豆腐料理⑤

自転車で世界一周を果たした旅行作家の石田ゆうすけさんは、中国を訪れた際に「豆腐脳」や「豆花」と呼ばれる定番朝食にハマったといいます。「豆花」といえば台湾ではポピュラーなスイーツですが、その味は果たして――。

一点集中のおいしさ

中国では朝になると「豆腐脳」もしくは「豆花」という看板があちこちに立つ。かたまりかけの豆腐、いわゆるおぼろ豆腐に醤油だれをかけ、パクチーや干しエビなど各種トッピングをのせたもので、この国の定番朝食だ。
僕はこれにハマり、自転車で旅をしながらその看板を探すのが日課になっていた。

その旅から数年後、今度は台湾一周自転車旅行に出かけた。
台湾にも「豆花」の看板があちこちにあった。だが食べてみると全然違う。冷たいおぼろ豆腐に甘いシロップとかち割氷、トッピングは甘く煮た豆やタピオカ、と完全にスイーツなのだ。その違和感といったらなかった。ふわふわの歯触りだけならいいが、味と香りは大豆とにがりの、まさに豆腐のそれだから、甘味には全然合わない。冷奴に砂糖をかけて食べるようなものだ。
それなのに豆花はどの町でも人気だった。そのうちわかるだろうか、と何度か食べてみたが、違和感はまったく消えなかった。

台湾一周の旅が終盤に差しかかったある日、ある田舎町で仲良くなった現地の人にお勧めの店を聞いたら、豆花の屋台を教えられた。30年以上やっている老舗で、昔ながらの豆花を出しているという。
行ってみると、夜の暗がりにぽつんと小さな屋台が出ていた。メニューは豆花一種類のみ。トッピングはゆでピーナッツだけだ。これが昔の豆花か……。いまいちテンションが上がらない。これまで食べてきた豆花は小豆、緑豆、芋餅、寒天、フルーツ、タピオカ等々、トッピングが豊富にあり、自由に組み合わせられたのだ。

食べてみると、やはり味も地味だった。しかし引きも切らず客が来る。子供と母親がいい顔で食べている。
そのうち、「あれ?」と思った。キンと冷えたなめらかな豆腐に、柔らかくゆでられたピーナッツのコクと歯触り。その調和がだんだん気持ちよくなってくる。
あれ、いいな豆花――。
新しい扉がやっと開いた。

それからは一気に転回した。もう何が違和感だったのかもわからない。豆腐と甘味の絶妙なハーモニーに魅了され、行く先々で豆花を求めた。台湾一周を終えて台北に帰ってからも滞在を続け、毎日食べ歩いた。
創業50年を超える老舗「豆花荘」では、豆腐やシロップだけでなく、20種類近くあるトッピングもすべて質が高く、口の中が華やいだ。具の組み合わせ次第で味も変わるから可能性は無限大だ。いろいろ試しているうちに、しかし、だんだんわけがわからなくなってきた。

そんなある日、拙著の台湾版の翻訳者と会い、お勧めの豆花店を聞いた。中心部から遠く離れた店だったが、一途な豆花愛の前に距離は問題ではなかった。
電車に乗ってその店「龍潭豆花」に行くと、空のテナントスペースのような簡素な部屋に安っぽいテーブルとスツールが置かれているだけだ。薄汚れた壁に貼られたお品書きは《豆花35元》1枚のみ。トッピングも何もない。パッとしない店だが、5つのテーブルはすべて客で埋まっていた。相席で座らせてもらう。

やがて運ばれてきたのはゆでピーナッツだけのった豆花だった。ここも昔ながらのスタイルらしい。どの具をどう組み合わせるかというバリエーション時代に入っていた僕の目にはどうしても寂しく映る。ひとさじすくって食べてみる。
「ん?」
ひと口、さらにもうひと口、とすすっているうちに、頭上にパッと灯がともった。
「あ、来たわ」
滑らかなおぼろ豆腐にゆでピーナッツの香りとコク。それだけで十分だった。過不足のない完璧なバランスだ、と思った。これが完成形なのだ。

あるいは新しい店はトッピングに力を注ぐあまり、基本の豆腐をおろそかにしているんじゃないだろうか。そう疑いたくなるぐらい、ここの豆腐は旨かった。ピーナッツ豆腐を思わせるねっとりした甘味とかすかな弾力、それでいて口当たりは滑らかで、すっと舌の上で溶けていく。まるでフレンチシェフが手間暇かけてつくりだす芸術品のような至妙さなのだった。

かかっている氷もかち割りではなくおぼろ氷、つまり固まりかけのさらさらの氷で、舌触りが柔らかく、滑らかな豆腐と溶け合っている。他店がトッピングに注ぐエネルギーを、この店は基本の豆花ただ一点に集中している。氷ひとつにも神経を注ぎ、磨きに磨きあげた形で提供しているのだ。

そういえば僕が好きなラーメン屋もメニューはラーメンしかない。研ぎ澄まし、針の先端のような一点を目指す、その職人の集中力と潔さが、高みに辿り着ける唯一の道ではないか。溶けていく豆花の旨さに打たれながら、そんなことをぼんやり考えていたのだった。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。