世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
アフリカで食べた豆腐の味|世界の豆腐料理③

アフリカで食べた豆腐の味|世界の豆腐料理③

世界一周旅行でアフリカを訪れた時に、旅の仲間からすき焼きで誕生日を祝ってもらったそうです。遠い異国の地で食べる故郷の味とは――。

無頼漢たちからの特殊すぎるプレゼント

30歳の誕生日はセネガルの首都ダカールで迎えた。
このとき、シンジとアンドレイが一緒だった。シンジは同い年で関西人でアホで共に自転車世界一周中、と共通項が多いこともあってやけに気が合い、2ヵ月前にスペインで会ってから一緒に旅をしている(ビザの関係で途中一度離れたが)。
かたやルーマニア人の巨漢、アンドレイは感心するくらい気が合わず、40歳のオヤジなのに5歳児のように単純でワガママで落ち着きがなく厭味ったらしく、粗野、バカ、カバ、あ、言い過ぎました、でもその一方で、時にハッとするくらいの優しさ、懐の広さを見せることがあり、人というのはなんとおもしろいのだろうと唸らされたりもするのである。
そんなアンドレイは自転車アフリカ縦断という旅をしており、僕ら3人はダカールのキャンプ場に滞在しながら、これから向かう国々のビザ取得に走り回っていた。

そのキャンプ場で30歳を迎えた日、用事を済ませてテントに戻り、午睡していたらハッピーバースデートゥユーの歌声が聞こえてきた。テントを開けると、海賊のような不良中年たち数人がニヤニヤ笑いながら歌っている。サハラ砂漠の地雷原を一緒に越えた仲間だ(そのエリアは軍の指揮の下に移動しなければならず、自転車は車に積む必要があった。当時はヨーロッパからアフリカに車を売りにいく無頼漢がわんさかいて、そんな彼らの車に自転車を積ませてもらい、10日間寝食を共にしたのだ。砂漠を越えたあと、僕は自転車の旅に戻ったのだが、このキャンプ場で彼らに追いつき、再会していたのだった)。

彼らの歌に僕はどんな顔をしていいのかわからず、「参ったなあ」などと頭をかきながらテントから這い出した。すると"海賊"の一人、スイス人のFが「ちょっと来い」と彼のキャンピングカー(これも売り物だが)に僕を招いた。そこにはシーツが敷かれたベッドとシャンパンが用意されている。なんだなんだ?
さらにドイツ人海賊のAが「ユースケ、誕生日プレゼントだ」と言ってアフリカ人女性を連れてきた。
「あほか!何考えてるんじゃ!」
「なんだ、この子はタイプじゃないか?」
「そういう問題じゃない!」

Aは女性を連れて去っていった。やれやれ。
キャンピングカーを出て共同炊事場に行こうとすると、キャンプ場のオーナーの年頃の娘が「あっち行っちゃダメ」と僕を制する。何かやっているらしい。ほかのキャンパーたちもニヤニヤしている。

共にサハラ越えをした海賊団の一人が「ま、ユースケ座れ」と僕にビールを渡し、アンドレイやオーナーの娘も一緒に僕のテントの前に座って飲み始めたのだが、そこへさっきのドイツ人Aが「ユースケ、この子はどうだ?」と別のアフリカ人女性を連れてきた。なんなんだその執念は!

それからも僕は移動が許されず、テント前でずっと飲みながらみんなとくっちゃべっていたのだが、落ち着きのないアンドレイはそのあいだ何度も輪から抜けたり入ったりし、ドイツ人Aも凝りもせずにアフリカ人女性を何人も連れてくるのだ。僕が彼の好意(?)に結局どう応えたかは割愛するが、世界で最もスケベな国民はドイツ人と日本人、という巷の噂はほんとだな、とまったくもって呆れてしまった。

日が暮れかかる頃、ようやく共同炊事場からお呼びがかかり、みんなで行ってみると、シンジが何かやりきったような顔でニコニコしている。共同炊事場の大きなテーブルには、「30」とクリームで大書きされた手づくりの大きなケーキ2個(キャンプ場のオーナーの奥さんがつくってくれたらしい)と、二つのフライパンが携帯コンロの火にかけられ、なんとすき焼きがぐつぐつと煮えていた。牛肉に玉ねぎ、白菜、小松菜のような青菜、麩、そして、驚いたことに豆腐が煮汁の中で揺れているのだ。
「ええっ、豆腐どこにあったん?」
「ふふ、秘密や」

醤油は大都市だと大きなスーパーに売っているが、アフリカではやはり入手が難しく高価で、僕もシンジも普段は目薬のようにちびちび使っているのだ。それだけにこの日のすき焼き以上に贅沢なディナーはなかった。

海賊団とアンドレイ、オーナー一家、そのほか仲のいいメンバー十数人ですき焼きを囲んだ。みんなすき焼きは初めてだったらしく、不思議な顔をし、「甘いな」とひそひそ話す声が聞こえる。前に僕がアルゼンチンで肉じゃがをつくってパーティーに出したときも同じ反応だった。どうもアジア以外では料理にあまり砂糖を使わないからか、えてして微妙な反応になるらしい。ああ、貴重な醤油がなんて効果的じゃない使われ方をしてしまったんだ、とつい矮小な考えが起こる。

豆腐を食べてみると口内でほろほろ崩れ、大豆のなめらかな風味と甘い醤油味が広がって一瞬夢見心地になった。考えてみると豆腐は日本を出て以来4年ぶりかもしれない。なんと奥ゆかしくてやさしい、絶妙な味だろう。
ところが、やはりほかのメンバーは首を傾げているのである。豆腐は味がないから嫌い、とアメリカ人男性がテレビのインタビューで答えていたのを思い出し、ああ、豆腐もやっぱりなんかもったいないなあ、とついしみったれたことを考えてしまうのだった。

野暮と知りつつ、豆腐についてあとでもう一度シンジに聞いてみると、中国人がやっているスーパーもどきのような店で見つけたらしい。毎日ビザ取得のためにダカールの街をくまなく走っているが、アジア系のスーパーは見たことがなかった。シンジが豆腐を見つけるためにどれだけ骨を折ってくれたのだろう。

ディナーのあとは再びハッピバースデーの歌がうたわれ、ろうそくの火を消し、みんなでケーキを食べた。そこで出されたシンジとアンドレイからのプレゼントが奇しくも同じだった。サイクルパンツだ。ただ、中身はかなり趣を異にしていた。シンジがくれたのは豆腐同様、彼が町中を駆けまわって探し出したスポーツ自転車専門店で買ったパンツなのに対し、アンドレイがくれたのは自分のお下がりのXXLサイズのサイクルパンツで、僕がはくと提灯ブルマのようになった。ありがとう、アンドレイ。

数日後、3人でダカールを出発、アンドレイとは喧嘩ばかりしながらも3ヵ月共に旅したが、最後も喧嘩別れした。シンジとはそれからさらに3ヵ月、計半年も一緒にアフリカを走り、今も家族のような間柄だ。
アンドレイは......元気にしているかなあ。

シンジ(左)とアンドレイ(右)と誕生日ケーキ。筆者が持っているのがそれぞれからもらったサイクリングパンツ。背後に写っているのはラブホテルとして用意されたFの巨大キャンピングカー。

文:石田ゆうすけ 写真:ワコロケット

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。