伝統と革新~蕎麦を紡ぐ人々~
「ら すとらあだ」わが道を行く規格外の大器⑤ 

「ら すとらあだ」わが道を行く規格外の大器⑤ 

規格外の蕎麦の世界を繰り広げる「ら すとらあだ」。店主の日比谷吉弘さんは蕎麦屋だけでなく異業種の料理人たちとも交流を深め、成長の糧にしている。 人を引き寄せる魅力はどこにあるのだろうか。

ジャンルを超えた交流が成長の糧

日比谷さんが「成長の糧であり、エネルギーの源」というのは、異業種の料理人たちとの交流だ。親交があるのは、鮨、天ぷら、フレンチ、イタリアン、中華、カレーなどまさにオールジャンル。親しくなった料理人たちとはコラボイベントも開いている。
「イベントを開くのはほぼ自分の興味。蕎麦屋ではできないことで楽しみたいと前から思っていたんです。一緒にイベントをすることで、料理の技術や思考を学べますし、発見もたくさんある。さまざまな料理人さんと関わらせていただいたお陰で、新しいものを見つける愉しみを知ることができました」

料理人との交流で新しい蕎麦が生まれることもある。日比谷さんのシグネチャーとなるリボン状の平打ちはその代表だ。モチーフにしたのはパスタのタリアテッレ。イタリアンの出張料理人、岸本恵理子さんとのコラボイベントの際に閃いて、打ってみたら想像以上に面白い蕎麦になったという。

幅広の蕎麦
幅広の蕎麦はまさにタリアテッレ。当初よりも薄くして、太打ちとの食感の違いが明確にしている。

では、異業種の料理人たちの目に日比谷さんはどのように映っているのだろう。懇意にするお二方に聞いてみた。

まず伺ったのは、「フジマル醸造所」のシェフ、木邨有希さんだ。コラボイベントを開いたり、一緒に生産者の元を訪ねたりと、付き合いはかれこれ10年。岩手県「石黒農場」のホロホロ鳥や八幡平サーモン、大分県の温泉どじょうなど、木邨さんから紹介されて使い始めた食材も多い。

日比谷さんと初めて会ったのは、私が下北沢で1日1組のレストランを開いていたとき。いきなり距離を縮めてくるので、『グイグイくる人だな』と感じたことを覚えています。初対面の生産者さんに対しても、彼は物怖じせずにグイグイいく。『自分はシャイで人見知り』と言っていますが、興味のあることに対しては恥ずかしいより『知りたい』が勝ってそのまま行動に出るみたいです。気に入った食材があると、どんなに遠くても現地に行くのもやはり好奇心の表れ。そして、一度惚れ込むと、その人がつくるものはすべて好きになるんです。そこには彼なりのフィルターがあるのですが、自分の感覚を信じているからブレがない。『あの人が育てたものだからと頑張ろう』という気持ちが、今の蕎麦や料理を生み出していると感じます。

イトウを食す会
清澄白河「フジマル醸造所」で開催された「イトウを食す会」の一コマ。岩手県八幡平「清水川養鱒場」の高橋愛さんが5年の歳月をかけて育てたイトウを5人の料理人が滋味溢れる料理に仕立てた。コラボしたのは、「パッソ ア パッソ」「茶虎飯店」「とおの屋 要」「フジマル醸造所」「ら すとらあだ」の5軒。後列・右が木邨さん、その隣が日比谷さん。

興味の幅は犬レベルに広いですよ。あれをやりたいこれも知りたいと、いつもクンクン嗅ぎ回っている。聞き出し上手なので、私を含め交友のあるシェフたちに食材の下処理方法などを教えてもらっては蓄積しています。ただ、その回路は、普段ショートしていて、聞いたということすら覚えていない。素材に向き合ったときに初めてつながって、最短ルートでなおかつ自分ができそうな方法に変換しながらピュアな味を生み出していく。本人は雑念の塊なんですけどね(笑)。
そうやってみんなに教えてもらえるのは、彼のつくる蕎麦に説得力があるからでしょう。手先は器用ではないけれど、物事に愚直に向き合い、多少のことでは折れない気持ちの強さがある。地べたを這いつくばりながら、何度も何度も繰り返してやっているから、あのインパクトのある蕎麦の味が生まれる。技術は伸びていなくても、経験に裏打ちされた感覚が手に伝わるようになっているんですね。
しかも、人間味があって、いわゆる“人たらし”。抜けたところは多いけれど、だからこそ放っておけなくて周りが手を差し伸べてしまう。人が集まる不思議な磁力を出しているのは確かですね

続いて話を聞かせてもらったのは、熟成鮨で名を馳せる「すし 㐂邑」の木村康司さんだ。日比谷さんとは「キム兄」「ひびやん」と呼び合う仲。ジャンルを超えた仲間とコラボイベントを度々開いている。

ひびやんの店に初めて行ったとき、『オペレーションの悪いヤツだな』というのが第一印象。でも、出て来た蕎麦はそれを忘れるほど香りも味わいも深かった。僕が生まれた家は三代続く鮨屋で、祖父も父も江戸っ子。子供の頃から蕎麦は喉越しを楽しむものだと口うるさく言われてきたんです。ところが、彼の蕎麦は喉越しよりもよく噛ませて、蕎麦は穀物なんだと伝えることを大事にしている。住宅地にある民家を借りた店は雰囲気としては微妙だけど、堂々たる自信が蕎麦にでているから皿の周りは関係なくなるんです。

コラボ会
焼鳥の人気店「用賀 山本屋」と選りすぐりの日本酒を販売する「坂戸屋」を交えたコラボ会も開催。中央が木村さんと日比谷さん。

蕎麦って冷水でキュッと締めて出すのが一般的だけれど、彼はぬるぬるで出すじゃないですか。あれも衝撃でしたね。常識とは違っても自分が旨いと思う蕎麦を出したいという気持ちが伝わってきた。僕自身、魚を熟成させるとか、鮪を出さないとか、鮨屋ではあり得ないことをやって周りからとやかく言われたけれど、いずれわかってもらえるという一心で続けてきました。彼にもそれがあるんでしょうね。

もちろん、伝統を守って伝えていくことは必要です。ただし、伝統だけに縛られてしまうと前に進めない。そもそも伝統というもの自体、少しずつ変わりながら今に受け継がれているわけで、奇抜と思われることだって50年後にはスタンダードになっているかもしれない。実際、熟成鮨は世の中に認知され、始める店が増えている。ひびやんの平打ちだって『これは蕎麦なのか?』と言われていたのが、当たり前にほかのお蕎麦屋さんでもやっているし。単に伝統を守っているだけでは、胸を張って次の世代にバトンタッチできないと思うんです。

もう一つ、僕と彼に共通しているのは切り捨てる勇気があることですね。自分の武器となるものを手に入れたらどうしてもそれに固執してしまうけれど、やりすぎと感じたら躊躇なく捨てて、次へと進むことができる。だから、同じところにとどまらず、常に進化していけるんです。

そんなひびやんとなら面白いことができそうだから付き合うようになったのですが、いつもすごいと感じるのは彼の受け止める力ですね。僕が無茶なアイデアを出しても『そうきましたか。じゃあ、やってみましょう』と面白い答えを探してくれる。だから相談しやすいし、話が進むんです。たまに受け止め過ぎて忘れちゃったりとダメなところも多いけれど、芯はしっかりしていて、常に新しいことにチャレンジしようとしている。酒蔵や器の作家など好きな人たちに会いに行くお金さえ稼げれば十分という価値観で仕事をしていて、いろいろ興味はあっても根本は蕎麦が好き。それがひびやんの強みだと思いますね

突っ込みどころ満載の愛されキャラでありながら、計り知れない宇宙感を放つ日比谷さんだが、これからどのような道を進んでいくのだろう。
「自分は蕎麦に生かされているので、蕎麦を軸にしていくことは変わりないですね。誰もやっていないことで、何が表現できるかを探して楽しみたい。思い描くものがあったら、すぐに実行できる癖もつけていきたいですね。東京以外の場所に拠点を持って1ヶ月ごと交互に営業するなんてことも考えたりしますが、それはもう少し先でいいかな」

店舗情報店舗情報

ら すとらあだ
  • 【住所】東京都中野区本町2‐41‐2
  • 【電話番号】03‐6276‐8364
  • 【営業時間】18:00〜19:00に入店、土曜は12:00~13:00に入店(入店時間内で一斉スタート)
  • 【定休日】日曜、月曜、火曜
  • 【アクセス】東京メトロ・都営大江戸線「中野坂上駅」より4分~7分

文:上島寿子 写真:岡本 寿

上島 寿子

上島 寿子 (文筆家)

東京生まれで、銀座の泰明小学校出身。実家がビフテキ屋だったため、幼少期から食い意地は人一倍。洋酒メーカー、週刊誌の記者を経て、フリーに。dancyuをはじめ雑誌を中心に執筆しています。