世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
メキシコの握り寿司の思い出|世界の寿司

メキシコの握り寿司の思い出|世界の寿司

自転車で世界一周旅行を達成した石田ゆうすけさんは、旅人にありがちな「郷愁にかられる」ということはなかったそうです。ですが、メキシコで日本人のたまり宿に泊まった際に、日本食レストランに行くことに。久しぶりに食べた寿司の味とは――。

自分の美学を再認識

自転車世界一周の旅を終え、7年半ぶりに日本に帰って驚いたことのひとつが、回転寿司店の多さだった。
韓国から船で下関に入り、下関から南紀白浜の実家まで、やはり自転車で帰ったのだが、国道を走っていると回転寿司チェーンがコンビニのように次々に現れ、なんだかポカンとした。ぱっと見は何屋さんかわからないスタイリッシュなパチンコ店の乱立と並んで、「日本はこんな風になっていたのか」と奇妙な思いに包まれたものだった。

回転寿司チェーンの増加が利用機会を増やし、その結果、ファミレス感覚で使われるようになって、寿司自体が庶民的になった、という印象があるが、寿司は元来、もっと特別な、ハレの日の料理だったように思う。
それが証拠に、自分の各時代に初めて食べた“各段階”の寿司のことを、僕は不思議とよく覚えている。

・物心がついた頃に食べた「小僧寿し」のしんこ巻き。
・大学時代、初めて親元を離れ、初めて自分で稼いだ(アルバイトの)給料で食べた回転寿司の鰻。
・会社員になって初めて自分の給料で食べた町寿司の分厚い鰤や鯵。
・世界放浪から帰って初めて食べた高級鮨「すし匠」のおまかせ。

ザッと振り返ると、やはりそれぞれの鮨が鮮明に蘇ってくるし、いずれも感動的に旨かった。己の各時代を映す鏡として、寿司は象徴的な料理じゃないかなと思う。

では、世界放浪中に初めて食べた寿司はどうだったか、というと、やっぱりよく覚えているのだ。
海外を旅しているとき、日本食が恋しくなることはほとんどなかった。自転車という現地の風土に溶け込みやすい移動手段だったせいか、現地の人々に近い感覚でローカル食を食べていた気がする。つまり現地の料理でほぼ事足りたのだ。また単純に、自転車を1日こぐと腹が異様に減るので何でもおいしく食べられた。

だから、日本人がたまっている宿に行って、宿泊客同士、日本食への思慕で盛り上がっている場面に出くわすと、意外な思いがしたし、某牛丼チェーンの牛丼が一番恋しい、と一人が言った途端、「俺も!」「俺も!」と大勢が同調するのを見て、正直驚いた。あれが、そんなに……?

メキシコの首都、メキシコシティにも日本人のたまり宿として有名な安宿があり、行ってみると同胞たちならではの気安さがやはり心地よく、のんびりした日々を過ごすことになった。
ある日、仲良くなった一人が、みんなで日本食レストランに行こうと言いだした。メキシコ料理が大好きだったので、同じ料金を出すなら地元のいいレストランに行きたいと思ったが、“日本社会”に入っている以上、和を乱してはいけない。
で、一緒に日本食レストランに行き、そこで旅行中、初めて握り寿司を食べたのだが、なんとも面妖な味だった。鮪もイカもエビも、まるで中心部から味がぽっかり抜け落ちたようで、紙に描いた絵を食べているようだった。酢飯も酢のききが弱く、ぼんやりした味で、しかも固く握られていて、まるで小さいおにぎりだ。

セレブが集うような高級店ではなかったため、修行を積んだ寿司職人が握ったものではなかったのだろう。ただ、あの味の抜け落ちた感じは、やはりそのまま僕自身を映していたように思えてならないのだ。
旅の途中で飛行機に乗って一時帰国する考えは、僕にはまったくなかった。汗を流しながら己の足で世界をまわって、何年かぶりにようやく日本にたどり着き、祖国を見たとき、あるいは日本の料理を食べたとき、どう感じるのか、そのことに並々ならぬ興味があった。それが僕の数少ない旅の美学であり、そこに旅のロマンを感じていたのだ。
メキシコシティで寿司を食べたとき、今ひとつ乗り気ではないままみんなに合わせ、結果的に自分の美学からやや外れてしまった僕は、なんとなく空ろで、味覚がうまく働いていなかったんじゃないか、あまつさえ、自分でも気付かないままに味覚をオフにしていたんじゃないか。今になって振り返ると、そんな風にも感じられるのである。
ま、実際、そんなにおいしくなかったと思うけどね。

※トップ画像はイメージです。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。