世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
素朴な味わいの「プタ」と「クレ」|世界の蕎麦①
クレ クレ

素朴な味わいの「プタ」と「クレ」|世界の蕎麦①

旅行作家の石田ゆうすけさんの、蕎麦と聞いて思い浮かぶ国は「ブータン」だといいます。「ブータン」では各地で栽培されていて、主食としても食べられていたのだそう。果たしてそのお味は――。

「生コン」と見間違う風貌

ソバといえばブータンだ。
この国は滞在1日につき2万円強の「公定料金」がかかるため、世界一周サイクリングの旅ではスルーしたのだが、それから数年後、取材で行くことになった。そのとき、ソバの花の繚乱を見たのだ。山地が拓かれ、ピンクの絨毯があちこちに敷かれたようになっていた(日本のソバの花は白いけど、ブータンはピンクだった)。

そのソバの実を挽いて、ブータンでも麺にして食べるのだが、日本の蕎麦とはまったく違う。ところてんのような押し出し式でつくられた麺は断面が丸く、のびたスパゲティといった風情で、バター、唐辛子、山椒などと和えて食べる。「プタ」という。見た目通りコシが全然ないうえに、香辛料のせいかソバの香りや旨味もほとんど感じられず、ボソボソとした粉っぽさとピリ辛さだけが舌に残った。昔、人形から小麦粘土の髪がのびて床屋さんごっこができるというおもちゃがあったが、あの髪を食べるとこんな味がしそうだなと思った。

ブータン中央部のある村では民家に泊めてもらった。村のおじさんたちがその家に集まっていて、米や麦が原料のアラという自家製蒸留酒を飲み交わしている。その輪にまじってアラをいただくと、水のように透明なその酒は自家製とは思えないくらいすっきりしていてキレがあり、こちらは実に旨かった。
居間には薪ストーブがあり、真夏なのに薪が燃えていた。標高3000mを越える村だから夏でも夜は冷える。ストーブの上にはフライパンがのっていた。
そのそばに灰色の生コンクリートが入ったペンキ缶のようなものが置かれていた。缶の縁には生コンがべっとりついて乾いている。建築現場に転がっていそうなものなのに、なぜ居間にあるんだろう、と奇妙に思っていたら、家のおばさんがおもむろにその缶を手に取り、熱くなったフライパンに生コンを流しはじめたのだ。
うわわ、何してるんや!と僕は腰を抜かしそうになったのだが、缶に入っていたのは実は生コンではなく、ソバ粉を水で溶いた生地だったらしい。おばさんはソバ粉のパンケーキをつくっていたのだ。「クレ」という料理だそうな。

灰色の生地に気泡が浮かんでくると、引っくり返され、裏面が焼かれる。薄いからすぐに焼き上がる。皿に移し、また次の生コン、もとい、クレの生地がフライパンに流される。

食べてみると、ソバの香りはやはりプタ同様、あまり感じられない。しかしプタと違ってボソボソした粉っぽさもなく、普通のパンケーキのようにふわふわ柔らかくてほんのり甘い。生コンのような見た目とは裏腹、意外にも垢抜けた気配を感じさせる味だった。
欲を言えばバターを塗って蜂蜜かメープルシロップを垂らしたかったが、クレはスイーツではなく主食で、おかずと食べるものらしい。この国の料理は全般的に素朴だから、それらと一緒に食べると、このソバ粉パンケーキも結局、田舎っぽい味になってしまう。食べ方次第ではしゃれたものになりそうだったのに、惜しい。
もっとも、ブータンの牧歌的な世界の中で食べるには、この素朴な味が合うのかもしれないな、などと考えながら、次々に焼きあげられるクレを村人たちと一緒にわんこそばのように食べ続けた。

ヒマラヤの奥地にある秘境然としたこの国にも、現代化の波が怒涛のように押し寄せている。テレビ放送でさえ始まったのが1999年だというのに、それからわずか10年あまりで人々はスマホを持っていて、画面に指を走らせていた。グローバリゼーションというものは一旦堰を切るとどんどん加速して広がり、時間も目まぐるしく流れていくのだろう。
あるいは、今は伝統建築ばかりのブータンの町にも、数年後にはポップなチェーン店が立ち並び、ソバ粉パンケーキも原宿にあるような店でいろいろトッピングされ、映える姿で出てくるのかもしれないな。って、ちょっと想像できないけれど......。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。