シネマとドラマのおいしい小噺
おうち焼肉、その極意を教えましょう|ドラマ『晩酌の流儀』

おうち焼肉、その極意を教えましょう|ドラマ『晩酌の流儀』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深掘りする連載。第20回は食をテーマにすることも多い、日本の深夜ドラマから。"最高の晩酌"への助走は、その日の朝、目覚めた瞬間から既に始まっている!

不動産会社で働く美幸(栗山千明)。仕事に対する姿勢は真摯で妥協を許さない。というのも、彼女にとって仕事は「最高の晩酌」を行うための重要なプロセス。一日の終わりに完璧な晩酌を味わうべく、ストイックに邁進する姿が清々しくあっぱれだ。

美幸のキッチンが映し出されるオープニングから引き込まれる。出勤前に晩酌のためのグラスを冷蔵庫に入れ、
「行ってきます」
と語りかけて扉を閉める。一人暮らしなのになぜかグラスは二つだ(その理由はドラマ内でわかる)。

壁側の棚には瓶詰がぎっしり並ぶ。揚げ青豆、柿の種、カシューナッツ等、乾きもののつまみたちがスタンバイ。ホワイトアスパラガスやらっきょう、梅酒も隊列を整えて出番を待っている。冷蔵庫の隣にはグラス専用の食器棚。晩酌のためだけに、どれだけの種類を揃えているのだろう。清潔で機能的なキッチンのすみずみに、美幸の意志がこもっている。

ある日、今夜は"家焼肉"にしようと思い定めた美幸。会社を出ると、スーパーまでの距離と時間を計算し、姿勢を正してウォーキングに勤しむ。
「当たり前にやっている"歩く"という行動も、一工夫することで、おいしいお酒を飲むための、イントロとなる」
そう目的はただ一つ、おいしい晩酌のためだ。

到着したスーパーでの肉選びは真剣勝負。しかし牛ハラミと鶏セセリを確保したものの、一番のお目当てだった豚バラブロックを、目の前で別の客に取られてしまう。ショックでがっくりと肩を落とし、深いため息をつく美幸。見かねた店員・牛場(ロバート馬場浩之)が豚タンはどうかと薦めると、「それだ!」とぱっと表情が明るくなった。日常の一期一会を提供する行きつけのスーパーが、ちょっとした聖地に見えてくる。

さて帰宅すると、肉は余分な水気をとってタレでもみ込み、野菜は冷蔵庫のストックを丁寧に切って彩りよく盛り付ける。楕円の銀皿に肉を種類別に並べると、もう自宅は焼肉店さながらだ。

薬味とタレは、肉選びと遜色ない勝負どころで、味の変化を楽しむため複数用意するのが美幸流。薬味はネギをごま油で和え、ニンニクの薄切りとカイワレも小皿に盛り合わせた。タレは市販品にポン酢と大根おろしを加えひと工夫。醤油とわさび、からしもチューブから出し皿の横に載せておく。つくりおきの小松菜のナムル、キムチも欠かせないメンツだ。

そしてここで焼肉専用のホットプレートが登場。肉焼き用トング、紙エプロン、金属製の箸も常備している。器や道具をおろそかにせず、店の雰囲気をできるだけ再現するのが、家焼肉に対する彼女の流儀なのだ。

いよいよ、朝から冷やしていたグラスを冷蔵庫から取り出す。二杯目用に、もう一つグラスが冷えているので万全だ。
「いただきます」
美幸の幸せは、ここから急カーブを描いていく……。

仕事を終え買い物を済ませ、キッチンで料理をつくりお酒とともに味わう。この日常的な行為に、全精力を傾ける美幸のひたむきさがいい。時に自分を追い込みながら、一日の終わりに自分をたたえ、解放する。その文脈のゴールが"晩酌"という行為なのだ。目的地に向けまっしぐらに突き進む美幸を見習って、「自分のための最高の晩酌」を丁寧に演出したくなる。

おいしい余談~著者より~
美幸をみつめる店員役の馬場浩之が、独特の存在感を醸し出しています。ドラマに登場する料理の監修役でもあり、料理動画ではプロ顔負けの技を披露。美幸を見守る優しい視線には真実味があるのです。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。