旅行作家の石田ゆうすけさんは、アフリカ・ナミビアを訪れた時期がちょうど年越しのタイミングだったとのこと。せっかくならちょっと派手な食事で新年を迎えようと、挑戦した料理とは――。
おせち料理に入っている伊勢エビの多くはアフリカのナミビア産らしい。
世界を放浪しているとき、そのナミビアで年を越すことになった。
それならおせちじゃないけど、伊勢エビで派手にやろうじゃないの、ということで、旅先で出会った仲間たち6人と首都ウィントフックでレンタカーを借り、海に向かった。
人家がなくなり、白っぽい砂漠が広がった。オリックスやスプリングボックが群れで歩いている。シュールな光景だ。月面のような砂だけの世界の中、彼らはどこに向かっているんだろう。
都市部から2時間ほど走るだけで大型の野性動物が見られることにも奇妙な感慨を抱いた。ウィントフックはヨーロッパの都会のような街だけになおさらだ。
大西洋に面した港町に出ると、市場や店をまわり、伊勢エビを探した。産地だけにいくらでも買えるだろうと思ったのだが、しかしどこにもないのだ。輸出用の食材だけに、地元にはほとんど並ばないのかもしれない。
漁師に直接当たることにし、道行く人に聞いてまわると、最終的にひとりの漁師に行きつき、やや小ぶりの伊勢エビを8尾提供してもらった。値段は70ナミビアドル、日本円だと約1200円、1尾あたり150円だ。ナミビアは先進国に近い物価だからかなり安く感じられる。比較的安価な外国産伊勢エビの産地の、そのまた漁師から、とまあいわば"産直"の最たるカタチで購入して1尾150円というわけだ。日本のおせちになる頃には1尾いくらになっているんだろう。
再び内陸部に入っていき、世界一美しい砂漠といわれるナミブ砂漠へ向かった。砂の色が白から赤へと変わっていく。夕日が沈むにつれ、砂丘がますます赤く染まり、火星を思わせる世界が広がった。
日が暮れると砂丘地帯から離れ、ナミブ砂漠の平らな場所で車をとめた。シートを広げ、大鍋に伊勢エビ、野菜、水、味噌を入れ、火にかける。
吹きあがって蓋を開けると、一同「おーっ」と声を上げた。ヘッドランプの光の中、黒っぽかった伊勢エビが真っ赤に染まり、味噌スープの中でぐらぐら踊っているのだ。うんうん、年越しっぽくなってきた!
ビールで乾杯し、味噌スープをすする。エビ味噌の濃厚な香りが広がり、あちこちからため息がもれた。スープの味だけならカニ以上だな、と早くも酔ってきたような頭で思う。
次いで身を口に入れると、こちらはやや肩透かしを食らった。日本の伊勢エビと比べると甘味が少なく、いささか大味だ。まあ悪くはないんだけど、スープで期待値を上げ過ぎてしまったかもしれない。
しかし、常々不思議になる。日本産はなぜあんなに旨いんだろう。農産物や畜産物なら生産者の努力次第で差が出るのもわかるけれど、天然の海産物までずいぶん違う。越前ガニと外国産ズワイガニなんて比べるのもかわいそうになる。冷凍の有無が要因のひとつだと思っていたけれど、現地で水揚げ直後の伊勢エビを食べてこの差だ。海の栄養の豊富さ、漁場の近さ、漁の技術、鮮度管理の技術、いろんな要因があるのだろうけど、こうも外国産が大味で日本産が繊細だと、日本人としてはつい、国の特徴が出ているな、などと思いたくなる。
とはいえ、このときは味の繊細さは重要じゃなかった。地平線まで平らな砂漠に自分たちだけがぽつんと座っていて、大海をイカダで漂流している様を思い描きながら汁をすすり、旨味の染みた野菜を食べ、ぷりぷりの身にかぶりつき、はふはふ息を吐く。見上げると、水晶の山を徹底的に叩き割ったような微細な星で空が埋め尽くされている。たとえ身がぼんやりした味だろうと、スープのリッチなコクだけで十分なのだった。
文・写真:石田ゆうすけ