スパイスカレーの名店「旧ヤム邸」の店長を務めた方が、大阪に間借りのカレー店を開いたと聞き、機会を見つけて訪れた松尾貴史さん。超人気店を育てた凄腕がつくる新たなカレーの味とは――。
下北沢とは別に、「般゜若(パンニャ)」の大阪店があったころ、何度か「タニヤムパンニャ」と銘打ったイベントを催したことがある。北浜の「谷口カレー」空掘の「旧ヤム邸」と「般゜若」3店のコラボレーションで、ワンプレートの上に3店のカレーが相盛り、相がけになっている特別メニューをイベント当日に120食限定で提供したのだが、5時間ほどを予定していたのにオープン前から長蛇の列になって嬉しい悲鳴、2時間ほどで完売して、あとはただの立ち飲みの会になってしまったという思い出がある。
「旧ヤム邸」を代表して参加してくれていたのが、藤田一也さんだ。「旧ヤム邸」の中核的な存在のひとりだった彼は、その後東京の下北沢に進出した「旧ヤム邸シモキタ荘」の店長として開店準備から運営を手掛け、あっという間に超人気店に育てた凄腕さんだ。
最近、独立を機に大阪へ戻り、堺筋の長堀橋あたりに間借りのカレー店を出したと聞いて、機会を見つけてうかがった。堺筋に面したチェーンのカレー店「船場カリー」の脇の廊下を入った奥、「和泉屋バー」の店舗を借りているという。その名も「コイチカレー」。一瞬、別の有名チェーン店に聞き間違えそうになるけれど、もちろんそんな誘導の意図はない。ご自身の風貌を表す言葉の、なぜか上の一文字をとって、藤田さんの愛称「いちくん」と繋げたのだとか。
古巣で培ったメニュー開発力もあって、頻繁にカレーの種類が入れ替わる。この日は「コリンキーと万願寺唐辛子の牛すじカレー」「ホウレン草香味ポークカレー」「貝小柱入り柚子胡椒鶏キーマ」などの4種類で、牛すじと鶏キーマの2種のあいがけをいただくことにした。一口食べた途端に、達人の風格を感じさせるスパイス使いの妙が現れる。鶏キーマは塩梅の良い粗さの鶏挽肉に和風の刺激とエスニックが相乗効果に。牛すじは本来のすじ肉特有の香りをポジティヴに捉え効果的に温存していて、辛さとマッチしている。
ターメリックライスは中粒米のカルローズとバスマティライスをブレンドしていて、ぱらりとした食感にも奥行きがある。こんなグレードのスパイスカレーをいつでも食べられるご近所さんたちが羨ましい。
文・撮影:松尾貴史