2022年4月号の特集テーマは「韓国日常料理」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、韓国の屋台街を訪れたときに、見た目も衝撃的で、食べたら命にかかわることもあるという「世界一危険な食べ物」に出会いました。危険と言われても食べたくなるその味とは――。
中高と陸上部で、競技前は栄養ドリンクで“ドーピング”するのが常だったから、タウリンという言葉は昔から身近なものだったし、当時はネットなんかなかったけれど、成分表を見たりいろいろ調べたりするのが好きだったから、タウリンがタコに豊富に含まれるというのは知っていた。実際、タコをたくさん食べると疲れが飛ぶ気がした。なのに日本ではスタミナ食のイメージがない。こんなにタコを食べるのになんでだろう?と少し不思議だった。
だから、韓国の屋台街でタコが盛大に食べられていて、しかも強壮食の扱いを受けているのを見て、「でしょでしょ!」と妙にうれしくなってしまった。
僕がさまよいこんだ屋台街で特に多く見かけたのはテナガダコだ。生きたまま水槽に入っている。お品書きもない店だったので、その水槽のタコを指で差して注文した。
屋台の若いお姉さんはテナガダコを水槽から取り出すと、まな板の上でグニャグニャ動くそのタコをなんの躊躇もなく包丁でダンダンダンダン!と切断した。さらにコチュジャン(甘辛い唐辛子味噌)、およびゴマ油と絡め、白ゴマと韓国のりを振って出来上がり。出された皿の上では2~3cmの長さにぶつ切りにされたタコの足が元気にうじゃうじゃと動きまわっていて、まるで蚕の群れみたいだ。赤いコチュジャンにまみれながら身をよじらせるその姿は、名画『死霊のはらわた』をも思い起こさせた。斧で切り刻まれた死霊の体の各部位がクネクネと動くあのシーンだ。
食べてみると、タコの足は口内でも暴れて舌の上や頬の内側に吸盤で吸い付いてくる。いててて、と思わず声が出る。噛んで吸盤攻撃に抗し、なおも噛んで噛んで、そのコリコリクチュクチュした小気味よい歯ごたえとアミノ酸の甘さに酔いしれる。
コチュジャンは酢も入った「チョコチュジャン」で、さっぱりしたタコによく合っていた。いわば韓国版酢味噌和えだ。ゴマ油だけかかったパートも絶妙で、タコの甘味が際立っている。
踊り食いに免疫のない西洋人は、この料理を見てどんな顔をするだろうな、とニヤニヤ思ってしまうが、その見た目のインパクトとは裏腹、爽やかな旨味にあふれており、ジンロが進んで仕方がなかった。
後日調べてみると、このタコの踊り食いは「サンナクチ」(サン=生きた、ナクチ=テナガダコ)と呼ばれる料理で、世界一危険な食べ物のひとつと言われているらしい。喉に吸盤が吸い付き、窒息死する危険があるんだとか。舌や頬に吸い付かれたときの痛いほどの吸着力が思い出されたが、さすがに死ぬというのは誇張では?
ところが、さらに調べてみると、AFP通信のサイトに衝撃的な事件が載っていた。2010年の仁川で、男が恋人の女性にサンナクチを食べさせ、窒息死させたというのだ。事件の1週間前に保険金がかけられていたらしい。
ほんとにタコで殺したのか、それとも別の方法で殺したあと偽装工作にタコが使われたのかは不明だが、町田康のぶっとんだ小説に出てきそうなこのプロットが現実に起こってしまうくらい、韓国ではタコによる死亡事故が珍しくないということだろう。
別のニュースサイトには、サンナクチで年平均6人が死ぬとあった。いやはや、死を賭してまでタコ食べるか?と関西人の習慣で突っ込みたくなったが、あっ、とあることを思い出し、頭をかいてしまった。そう、もっと人を殺めている食べ物があるではないか。日本の正月に牙をむく、あの白いやつ……。
※ 掲載したサンナクチの画像は、本来は動画なんですが「ショッキングすぎる」という編集部内の判断により、動画掲載が見送られました(笑)。それでも「動画が見たい!」という方は筆者のブログ(3月27日掲載)をご覧ください。
文・写真:石田ゆうすけ