シネマとドラマのおいしい小噺
それでも、どうしても、ラーメンが食べたいんだ|映画『南極料理人』

それでも、どうしても、ラーメンが食べたいんだ|映画『南極料理人』

映画やドラマに登場する「あのメニュー」を深堀る連載。第12回は、2009年公開の日本映画から。寒い日のラーメンって沁みますよね。海外旅行中も無性に恋しくなる。しかし、もっとおいしく感じる環境がありまして……。

そこは、ペンギンもアザラシもいない南極の基地。富士山より高い標高の山頂で、平均気温はマイナス54度だという。海上保安庁から派遣された料理人・西村(堺雅人)の任務は、一年以上にわたり観測隊員の男たちの食事をつくり続けることだ。

食べることだけが、日々の生きがいとなっている8人の男所帯。ある日の昼食は、おにぎりと熱々の豚汁だ。炊きたてのごはんを、西村が手を真っ赤にしながら握り続けた三角形のおにぎりに、パリパリの海苔がぴたりと張り付く。中身の具は、梅干し、シャケ、たらこ、牛大和煮に北海道産イクラと、豪華でバラエティに富んでいる。

拡声器で今日のメニューがアナウンスされると、雪上で作業をしていた男たちが全力疾走で食堂を目指し、息を切らして駆け戻ってくる。たかが昼ご飯と言うなかれ。その必死な姿はユーモラスながら、食べることのシンプルな喜びが伝わってくる幸福なシーンでもある。

隊員の気象学者「タイチョー」(きたろう)は、大のラーメン好き。夜な夜な調理場に忍び込んではラーメンを盗み食いした挙句、ついに隊の備蓄が尽きてしまう。

「チャーシューなんかいらないから。麺とスープがあればもう、他に何もいらない」

子供のように涙を浮かべ、身も世もなくラーメンを食べたいと懇願する姿は、おかしみとともに悲哀を誘う。

自らが招いた悲劇とはいえ、ラーメンを狂おしいほど求めるタイチョーを見捨ててはおけない。西村は手持ちの素材で手打ちラーメンをつくり始めた。ラーメンの麺に欠かせない「かんすい」の元素記号をヒントに、ベーキングパウダーからラーメン生地をつくる。粉を打っては延ばし、慎重に麺の幅にカットしていく。茹でている間も鍋を見つめる眼は真剣そのもの。

出来上がった湯気の上がる茶色の澄んだスープを、神妙な面持ちで見る隊員たち。タイチョーは丼に吸い込まれそうに前のめりになっている。ネギ、メンマ、青菜、チャーシューまでちゃんとのっている。れっきとした醤油ラーメンだ。

タイチョーがれんげをスープの中にしずませ、ゆっくりと儀式のように一口目を味わう。そしてうなずくとやおら箸で麺をつかみ、今度は一気にすすり始めた。一口ごとにため息のような声が漏れ、笑みがこぼれ落ちる。夢に見ていたラーメンの味に、ついに笑いが止まらなくなってしまう。

他の隊員たちも、全神経を集中させラーメンを食べ続ける。のびないうちに食べなければと、業務もそっちのけだ。ズッズッズッと麺をすする音、レンゲが丼にカチカチと触れる音、そして「アーッ」という感嘆符が交互に沸き起こる。男たちが奏でる音は歓喜のアンサンブルとなり、音楽のように賑やかに食堂に響きわたっていく。

――西村が日々提供するのは、栄養バランスのとれた規則正しい食事だけではない。誕生日や節分など、料理にイベントや季節を重ね合わせ、単調な日々に潤いをもたらすべく知恵を絞る。できることなら好物を食べさせたいと心を配り、仲間たちと食卓を囲む時間を楽しんでほしいと願う。極限の状況下で食べることにのめり込んでいく男たちと、そんな料理人の関係が、たまらなく魅力的なのである。

おいしい余談~著者より~
冒頭に登場する夕食メニューは、刺身、天ぷら、青菜のお浸し、ぶりの照り焼き。そのおいしそうなこと!極地の簡素なキッチンで、丁寧にできる限り美しく料理を盛り付け、男たちのワイルドな食べっぷりを静かに見つめる料理人。その優しい視線に心打たれます。

文:汲田亜紀子 イラスト:フジマツミキ

汲田 亜紀子

汲田 亜紀子 (マーケティング・プランナー)

生活者リサーチとプランニングが専門で、得意分野は“食”と“映像・メディア”。「おいしい」シズルを表現する、言葉と映像の研究をライフワークにしています。好きなものは映画館とカキフライ。