2022年3月号の第二特集テーマは「極上のあんこ」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、各国を回ってきた中でもあんこをよく食べた国は「台湾」だったといいます。日本のものとは少し違ったあんこの世界とは――。
和菓子のイメージの強いあんこだが、本誌dancyuの今月の特集記事にある通り、ルーツは中国とされている。もっとも、そのルーツというのは、中に詰める具の総称の「餡」であり、その具はかつてはもっぱら肉だったそうな。餃子の肉餡などだ。
その「餡」の概念が飛鳥時代に日本に伝わり、一説には仏僧たちが肉食を避けて豆で代用したのが日本のあんこの始まりだとか。それなら小豆餡の「あんこ」はほぼ日本生まれといっていいんじゃないだろうか。
実際、中国では小豆の餡をほとんど見かけなかった。同国にいるあいだによく食べた月餅(自転車旅行の携行食にぴったりなのだ)に何度か小豆餡に似たものが入っていたような記憶があるが、だいたいはナツメ系の餡だった(もっとも、前述の本誌特集記事によると、中国には小豆餡を用いたお菓子や料理がたくさんあるそうなので、僕が見なかっただけかもしれない)。
ほかに僕があんこを見た国といえば、韓国、タイ、ベトナム、台湾だ。ただ、韓国はたい焼き、タイはあんぱん、といった具合で、源流にあるのは日本の「あんこ」のような気がする。ま、起源はともかくとして、これらの国のうち、あんこを最もよく食べている国は、おそらくダントツで台湾だろう。
同国に入った初日からあんこに出会った。台湾名物「夜市」を訪れ、牛乳かき氷の店に入ったときだ。メニューに「紅豆」という字があり、もしかして、と頼んでみると、やっぱり小豆だった。食べてみると、日本のあんこと何か違う。甘みが少なく、あんこというより豆を食べているようだ。牛乳かき氷は冷たさや口当たりがマイルドで、甘さも控えめだから、この薄味のあんことよく合っていた。
その後、行く先々であんこを見かけた。普通のかき氷にも台湾人たちはたっぷりのせて食べていたし、台湾特有の豆花という豆腐のスイーツや、芋圓という芋団子にものせられていた。台湾はスイーツ店がとりわけ目立つ国で、その多くの店であんこが扱われていたから、小豆好きにとっては自然と目尻が垂れるような夢の世界だった。
こうして毎日のように小豆を食べていくうち、すっかり感心してしまった。どの店のあんこでも、たとえ田舎のたいして流行っていそうにない店のあんこでも、ぎりぎりまで甘さが抑えられ、豆のぽくぽくした旨さが存分に引き出されているのだ。
豆の食味より甘みのほうが勝りがちな日本のあんことは製法だけでなく、あんこに求められているものが違うような気がした。台湾のあんこはそのまま食べておいしいのだ。いや、あんこというより、「煮小豆」といったほうがしっくりくるような味わいだった。
そんな台湾を3週間ほど旅して日本に戻り、ある日いつものたい焼きを食べたとき、甘味の強さにちょっと驚き、ふいにあるイメージが浮かんだ。
僕ら日本人が海外に行ってケーキを食べたとき、痛烈な甘さに顔をしかめ、「わかってねーな」と思うように、台湾人が日本に来て、あんこを食べたときもあるいは同じ反応をするのかもしれない(一応言っておくと、こしあんよりも断然粒あん派で、豆の食感が大好きな筆者のきわめて個人的な見解です)。
文・写真:石田ゆうすけ